【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第16話
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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第15話 ■文政八年 正月(1)その男の背後には花が咲く。
でも、今年は違う。
後ろだけではない。
男の周りは、花でいっぱいだ。・・・・・・
文政八年正月二日。
みつはいつになく落ち着いた気持ちで正月を過ごしていた。
見世が仕舞い日のこの日、苦手な日中の挨拶回りをようやく終え、日が暮れたら湯屋に行こうと妹女郎の美のると約束している。
(今年も、あの人は来ているのだろうか)
みつは国芳のくれた浮世絵を眺めた。
相も変わらずその目に色は映らない。しかし、光は確かにそこにあった。
絵の中の自分は、寛いだ婀娜な姿で、確かに月の光をその目に映している。目が弱いみつは実際には月の光に顔は向けなかったが、国芳が絵の中のみつに月の光を見せてくれた。
ほんに、優しい人。・・・・・・
関係を絶ってしまった事は、これで良かったと思う反面、少し惜しい気が今でもしている。
「へくしっ」
ほんの少し開けていた障子窓から入る冷気が、みつの細い手先を冷やした。
手をこすりながら窓を閉めようと立ち上がったその時、腰高障子の窓の桟に飼い猫のぶちがぴょんと飛び乗った。
にゃあと猫が鼻にかかった声音で鳴き、隙間から外に出ようとしたので慌てて窓際に駆け寄り、
「ぶち駄目よ、出ちゃあ」
と抱きかかえたその時、外から、
「おみつ!」
ふと、己の名を呼ぶ声が聞こえた。
「おみつー!」
「おみつー!」
その声はだんだん大きくなり、情けなくなるほど必死に自分の名を呼び始めた。
「え!?」
慌てて障子窓を全開すると、目に飛び込んできたのは、空を彩る無数の凧だった。
「何、これ・・・・・・」
みつは言葉を失い、空を眺めた。
凧の一つ一つに、びっしりと緻密な線で隙間なく絵柄が描き込まれている。
「おみつー!」
声の先を辿って下を見ると、岡本屋の前で、大勢の禿(かむろ)たちが凧を揚げており、その中央で綿入りの長褞袍(ながどてら)を着込んだ国芳が千切れんばかりに手を振っていた。
「おみつ!悪りい!遅くなっちまって!この凧を描くのに、三月もかかっちまった!」
「国芳はん・・・・・・!」
「こいつらと一緒に、凧揚げやろうぜ!早くこっち降りて来いよ。凧、まさかまだ捨ててねえよな!?」
「で、でも、一階できっと誰か見張ってるよ」
「そこから飛び降りりゃ良い!わっちが受け止めらア!」
国芳が大きな目をきらきらさせ、両手を広げた。
みつは意を決した。
慌てて部屋の隅に走り、柳行李を開き、底にしまってあった凧を引っ張り出した。
ちょうど一年前に国芳から貰った凧だ。
少しぎこちない武骨な九紋龍の絵が、みつの心を励ました。
苦手な白昼の光への恐怖も、飛び降りる恐怖も、全部あの男に委ねてみればいい。
国芳ならきっと、全部受け止めてくれる。
みつははだしのまま窓の桟を乗り越え、二階から思いっきり、外の世界へと飛び出した。
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