実は黒歴史だった?「此の世をば……」藤原道長のこの歌を一体誰が後世に伝えてしまったのか? (2/4ページ)
「和歌を詠むから、スルー禁止っ!絶対リアクションして(返歌を詠んで)ねっ!」
(欲讀和歌、必可和者/和歌を讀まむと欲す、必ず和すべし)
※以下、むっちゃ意訳。
いわゆる「お偉いサンの無茶ぶり」ですが、当然皆さん大人なので、
「大丈夫っスよ、スルーとかありえませんから」
(答云、何不奉和乎/答えて云ふ、何ぞ和し奉らざるや)
※まぁ、常識ある大人(公卿)なら詠まれた歌は普通スルーとか出来ません(常識と教養を疑われたら、お公家社会で生きていけません)。
そう聞いて安心した道長ですが、まだ少し恥じらいが残っているのか
「今の気分を詠んでみたんだ。ちょっと『調子こいてる』かな~って自分でも思っちゃうんだけど、あくまで即興なんだからね?決していつもこんなこと思ってた訳じゃないんだからね?」
(誇たる歌になむ有る、但非宿構者/誇りたる歌になむ有る、ただし宿構にあらず)
などと、もったいぶります(宿構とは、あらかじめ構えて=この場合は歌を作っておいたこと)。
で、普通だったら「まぁまぁそう仰らず、折角ですから是非に、是非に」と請われるのを待ってから、「え~?じゃあ……せっかくだから……」などともじもじ始めるものですが、そんなの待たずに詠んじゃう辺りが道長スタンダード。
「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
(此世乎は我世と所思望月乃虧たる事も無と思へは)
かくして日本史上に(悪?)名高き「ワールド イズ マイン(World is mine・世界は私のもの)」な一首が生まれたのでした。