【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第28話

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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第28話

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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第27話

■文政八年 玉菊灯籠の夏(3)

みつは目が光に弱いという理由で、白昼外に出る際にはかならず手ぬぐいを吹き流しに被る。布の端を軽く口に咥えると、玉虫色の下くちびるが日光にてらりと光るのが際立って美しかった。

「あ」

道の途中でみつが突然駆け出し路傍に屈み、何かを取って戻ってきた。

「どうした?」

国芳が訊くと、

「鬼灯(ほおずき)」。

ふっくら柔らかな女の手のひらに、提灯のようによく膨れた黄丹色の実が一つ、乗せられていた。

「よく熟れてら」

「熟れていないと、笛に出来ないの」

「へえ」

「色が見えなくても、匂いや感触で分かるわ」

みつはニコニコして、

「笛、やった事ある?」

「やんねえよ。そんなの、女児の遊びだろ」

国芳は首を横に振った。国芳にとっては、鬼灯は縁日のものである。浅草観音の鬼灯市や、茅場町の薬師堂の前の植木市で、鬼灯の実を十個竹串に差した十差というのが売られ、それを女子が嬉しそうに持って歩く。中には、植物の代わりにアカニシという巻貝を「海鬼灯(うみほおずき)」という名前で売っている場合もある。そういうものだと伝えると、へえ、とみつは驚いた。

「廓内には昔から沢山々々、鬼灯があるよ」

吉原では娑婆のような鬼灯市こそないものの、鬼灯はそこかしこに自生していて、親しみ深い植物である。みつは慣れた手つきでその包皮を剥き、丸い実の中身を器用に掻き出し、口の中に放り込んだ。すると、ぷくぷく楽しい音が鳴った。

「へえ、乙なもんだな」

「面白いでしょう」

「どうでえ、わっちにもやらせてみねえ」

国芳がみつの作った鬼灯の笛を口に放り込んだ。しかしやってみるとすぅ、と空気が抜けるばかりで、一向に音が鳴らない。

「空気をちゃんと入れなきゃ駄目よ」

「なんでえ、鳴りゃしねえ」

国芳は歩きながらしばらくスカスカ気の抜けた音のする鬼灯笛と格闘していたが、余りにも下手なのでみつが隣で口を手で覆って笑い始めた。

「食べちゃ駄目だよ。毒があるから」

「誰が食うもんか!」

国芳は路端にペッと吐き棄てて、二人でけらけら笑った。

京町二丁目を抜けて吉原の角の「九郎助稲荷」に近づくと、なるほどあんを砂糖で煮詰める甘い匂いが優しく漂い始めた。

姐やんのあんころ餅屋の匂いである。

「はあ、こんな所に見世があるなア知らなかったぜ」

と国芳が首を傾げると、今年はじめたばかりだという。その姐やんという花魁上がりの女は、無事に年季明けを迎えたばかりでなく想い人との約束を遂げた事で若い女郎たちからお稲荷と同じような扱いを受け、あんころ餅屋もひどく繁盛しているらしい。

「好いた人と二人で食べると、かならず結ばれるんだって」。

いかにも女の好みそうな売り文句だ。みつが見世を目にして子どものようにはしゃいでいる視線の先に、なるほど女郎とその連れの男が何組かたむろしている。

「人気なんだな」

ほう、と国芳は腕組みして感心した。葦簀張(よしずば)りの小さな見世にはせっせと餅を焼く若い男と、客相手に夫婦になれた喜びの笑顔をめいっぱい振りまく姐やんがいた。

姐やんは鳴海絞の浴衣に黒緞子の帯、紺絣に萌葱の糸真田の紐をつけた前垂をしめ、帯の後ろに扇を差して髪は櫛巻きの小意気な姿でりんりん働いている。

(吉原にも、こんな場所があるのか)

国芳は不思議な、温かい気持ちになった。

「紫ちゃん!」

みつが近づくと、姐やんはそれに気付いて愛想よく手を振ってきた。 江戸町の見世の花魁だったというだけあって、年増ではあるが遠目にも目鼻のはっきりした美人である。

「姐やん!」

みつは弾むように駆け寄り、二人は手のひらを合わせて喜んだ。すっかり顔馴染みの様子で、今日は暑いねえなどと言いあっている。

(なんだ、知り合いか。・・・・・・)

国芳が後からゆるりと付いてゆくと、

「ねえ、彼が、紫ちゃんのいい人?」

「ふふ。やだ姐やん、声が大っきいよ」

こっそり国芳を指を指した姐やんに、みつはこくんと頷いた。

「あれまあ、なかなか好い男じゃないの」

絽縮緬を裾まくりして片足覗かせた国芳の姿を見て、姐やんはニコニコした。絽縮緬はよく見ると裾の方に流水に水草の模様が浮かんでおり、歩くと清風が吹き抜けるような涼やかさだ。実は着道楽の佐吉に譲ってもらったお古である。

「良かったね国芳はん。大見世の花魁だった姐やんが好い男だって!」

「へッ、おだてと畚(もっこ)にゃ乗らねえよ」

国芳は口を尖らせたが、顔は照れ臭さで真っ赤になっている。

「嬉しいんなら素直に喜びなさいよ!」

みつが国芳の肩をバシンと叩くと姐やんは笑って、あんころ餅をもう一つずつおまけしてくれた。

「また二人で来ておくんなさいな。きっとだよ」

「ありがとう、姐やん。さ、国芳はん、そこで食べちまいましょ」

みつは床几を指した。

先に腰掛けた一組に断りを入れ、二人並んで腰掛け、同時に餅を口に運んだ。

「うめえ!やっぱり焼き立てだな!」

国芳はあんと餅の甘みを舌の上で転がしながら、感激して声を上げた。みつも、二人で味わう餅の美味しさにとろけるような微笑をこぼした。

「なあ、みつ。案外あんなのも、いいかもな」

目の先のあんころ餅屋を指して、国芳はにこにこした。

「え?」

「わっちが浮世絵で一発当てたら、めえを身請けして向島のあたりに所帯を持つ。そんでもって浮世絵稼業の傍ら、桜の季節にゃ大川の土手っぱらにあんな風に餅屋を開くんだ。わっちが餅焼いて、めえが見世っ先に立ちゃ、たちまち大繁盛だぜ」

「何それ、幾代餅みたい」

「ははは!でも、そんなのも悪くねえだろ。めえとならさ」

国芳が白い歯を見せて笑った。

「うん。悪くない。あんたとなら」・・・・・・

二人は潤んだような目で互いを見つめた。

そして視線が固く結び合ったその時、誰かがみつの肩口を叩いた。

「ちょいと失礼。あーたの間夫、絵描きなのかえ?」

・・・・・・「え?」

みつはふわりと男を見上げた。

国芳よりは年嵩に見えた。

涼しげな麻の着物は着馴染んだ様子で、あごには無精髭を生やし、お世辞にも清潔とは言えない。しかしそれが不思議と男の雰囲気に合った。

「ああ、違えねえ。たしかに筆だこがある。そんなら話が早い。おい、若えの。あーしも絵描きだ。同業のよしみで、あーたの女をあーしに譲ってくんな」

「はあ!?」

国芳はガタンと立ち上がり、凄んだ。

「おお怖い怖い。別に本気で譲れというのじゃあねえさ。あーしはこの花魁を客として買おうって話だ」

「なんでえ、急に横入りしてきた上にみつを譲れだと!?けしからねえ野郎だな!」

「あら、善はんと仲良くなるのは悪い話じゃおっせんわいな」

善と呼ばれた男の陰に腰掛けていた女が、うぐいすが味醂を舐めたような甘ったるい声音で国芳を制した。洗いたての艶やかな黒髪がはらりとしだれかかる細面の美人だ。

「善はんはこれでも人気絵師。どんな女も綺麗に描かさんす」

女の億劫げな受け口がため息をこぼすように言葉を吐いた。

顔にかかった髪を払うと女の顔が露わになった。どこか不安げな眉、切れあがった目に暗い陰翳を落とす濃い睫毛、すっと通った鼻梁。万人受けする容貌ではないが、なぜかその一つ一つからぞっとするほどの色気が香った。

「絵師?画号は?」

みつが訝しみながら訊くと、

「申し遅れやした、あーしゃア英泉。渓斎英泉(けいさいえいせん)ッてんのさ。」・・・・・・

「え!」

その名を聞いて一番に飛び上がったのは、国芳だった。

渓斎英泉。

今、浮世絵の流行の先端をゆく名前である。

この人物の出現で、江戸の美人画の流行はがらりと一変したと言っても過言ではない。

鳥居清長(とりいきよなが)に代表される鳥居派、その後大首絵で一世風靡した喜多川歌麿、または文化期に流行した英泉の師である菊川英山(きくかわえいざん)などが描いた、ひょろりと細く嫋やかで上品な美人画の時代は、この渓斎英泉の手によって幕を引かれた。

鳥居清長「風俗東之錦 姫君と侍女四人」ボストン美術館蔵

喜多川歌麿「當時三美人(寛政三美人)」Wikipediaより

菊川英山「東都名所八景 二町まちの顔見世」ボストン美術館蔵

英泉の描く美人はそれまでの浮世離れした天女のような女とは、明らかに異質である。首を縮こませ、斜から見上げるその表情はどこか物憂げで歪(いびつ)でひねくれていて、その突き出した小さなくちびるは溜息を漏らしそうなほど生々しい色気があった。

「美人大首絵」メトロポリタン美術館

これが今の退廃した時代に大いに受け、今や地本問屋の店頭には、歌麿や英山に取って代わって英泉が並んでいる。

「本当に、あの渓斎英泉か!?」

「ちょいとあーた、声が大きいよ」

善と呼ばれた男はケケケッと奇妙な笑い声を立て、どれ、と足で土の上にさらさらと絵を描いた。土の上に描かれたのは、いかにも英泉の美人画そのものであった。本物だと分かるや否や、国芳は玉の汗の散るほど思い切り頭を下げた。

「いつもお世話になっていやす!」

「いつ世話をした。あーしゃア、あーたを世話した覚えアねえぜ」

英泉が国芳の顔をまじまじと覗いて首をかしげた。

国芳はその首っ玉にかじり付きそうな勢いで、

「世話になるもならねえも、わっちゃア『絵本三世相(えほんさんぜそう)』からこの方、師匠の艶本(つやぼん)全部持ってまさア!」

渓斎英泉の春画 パブリックドメイン美術館

子供もしないようなきらきらした目で英泉に迫った。

国芳が興奮するのも無理はない。英泉の真骨頂は艶本であった。寛政の改革のほとぼりが冷めた頃から、それまでの反動のように、英泉は描いた。春画、黄表紙、それを合わせた合巻。英泉は一人で文を書き挿絵を添えてまで、寛政期に松平定信によって禁じられたそれらを作り続けた。人の色を好むは、何者にも止められはしない。例え相手が公儀であったとしても。そう信じて描き続けた英泉の濃艶な春画や好色本は、国芳をはじめとする色盛りの青少年たちには宝のように輝いて見えた。国芳はなおも語る。

「『恋の操(こいのあやつり)』はとても良かった!あの時わっちゃア血気盛りの二十歳前で、擦り切れるほど読みました。でもやっぱり『春野薄雪(はるのうすゆき)』はいっち良い。大田南畝先生の文も良けりゃア英泉師匠の絵も傑作ときた。一人の男に良い女が四人も乱れ狂う花清宮の絵なんざ、下手くそなりに綺麗に写して壁に飾ったもんです。アアそれから、『閨中紀聞枕文庫』は・・・・・・」

「分かった分かった。あーたも、けしからねえ好き者という事アよっく分かった。そんなら、あーしの為と思ってあーしにこの女を買わせちゃくれねえか」

「でも、そのお隣にいる花魁は英泉師匠の馴染みじゃありやせんか」

「それが違うのさ」

英泉が隣に連れていた女の頬を撫ぜながら言った。

「この朝霞は、あくまで絵師としての付き合いよ。あーしゃア朝霞を含め吉原女郎を抱いたためしアねえ。他の男に抱かれる姿を、ひたすら描くのよ」

ふふふ、と朝霞花魁が陰翳のある微笑みをした。

「ならなんで、おみつの馴染みになろうなんざ・・・・・・」

「見た瞬間とぉんと来たからさ。どうだい、手ぬぐいを吹き流しにかぶったこの姿は最高じゃねえか。吉原女郎なのに綺羅で飾らず、まるで素人(じもの)みてえだ。惚れたぜ。あーしゃアこの人の馴染みになる。金なら余ってるよ。ちょうど来月一日は八朔だから、盛大にやろう。豪勢な白無垢を用意して、道中の話もつけてやろう。悪りい話じゃねえだろう。なあ」

「それは・・・・・・」

みつは言葉に詰まった。

確かに、八月一日の八朔の日には吉原女郎たちは皆白い着物に身を包み、花嫁のような格好で馴染みの旦那と過ごす。

白無垢を用意するのには法外な金が必要で、みつはまだ当日の客が決まっていなかった。

「ちょいと待ちねえ」

困り果てたみつを見て、英泉を制したのは国芳である。

「確かにわっちゃア素寒貧だ。手前一人じゃ惚れた女に白無垢も花も用意してやれねえ。だが、そう物乞いに服を恵むような英泉師匠の言い方ア気に食わねえ。この女ア京町一丁目岡本屋の花魁だ。わっちのために服も地味にしてくれる、とんでもねえ好い女だ。師匠のような人にゃア渡せねえ」

「分かった。互いに譲れねえのなら、勝負で八朔の相方を決めようじゃねえか」

渓斎英泉はケケケッと奇妙な高笑いを立てた。

「勝負?」

「ああ、絵の勝負さ。日にちは八朔当日だ。それまでに作品を仕上げ、当日に吉原の客の話題を攫った方がこの花魁の相方になる。あーしが勝てば、白無垢の花魁はあーしのもんだ。あーたが勝てば、あーしの金であーたを一夜の花嫁の婿にしてやらア」

国芳は拳を固く握りしめた。なんといっても、相手は人気絵師の渓斎英泉である。

いくらなんでも敵わねえ、そう思った矢先、

「国芳はん、その勝負、受けて」。

凛と声を張ったのはみつだった。

「八朔が近いというのに旦那が決まっていないのは誰でもない、あたしの身の詰まり。だから、この勝負受けて欲しいの。でも、一つだけ約束して」、

「絶対に、負けないで」。

「みつ・・・・・・」

「国芳はんなら、大丈夫よ。絶対に」

国芳は、固く頷いた。

「分かりやした。英泉師匠、その勝負受けやしょう」

「よし、決まりだ。あーた、クニヨシってえのかい?聞かねえ名だが、何を描くんだい。美人画かい」

「うんにゃ、美人画ア兄弟子にめっぽう得意なのがおりやす」

「ほう」

「それが国貞っつう狐みてえな奴でして・・・・・・」

「クニサダって、あのクニサダか?」

英泉がその名前に反応した。そしてその名を口にする時に一瞬ぴくりと眉を顰めたのを、国芳は見逃さなかった。

「ええ、まあ、江戸のクニサダの中じゃあ一番知られたクニサダでしょうね」

「するってえと、あーた、豊国先生のとこのお弟子さんかい」

「そうであすよ、一応。父っつぁんは早春(はる)に死んじまいやしたが」

「あーたさっき、国貞の事オ狐って言ったね」

「エエ、だって兄さんは、狐ですから」

国芳は指で自分の目を上に釣り上げ、狐のようにしてみせた。英泉の方は思い切り、ケケケッと底意地悪い歪んだ笑い声を上げた。

「そうかい、そうかい。実は、あーしゃアその狐が大嫌いでね」

本人の言う通り、英泉がこの世で最も忌み嫌っている人間こそが国貞であった。

二人は同じ頃に売れ初め、二人とも美人や役者をよく描いた。完全に競合しており、英泉にとって国貞は邪魔で仕方がなかったのである。

しかも、比較すると二人の筆はよく似ていた。英泉は後年、自著の「无名翁随筆(むめいおうずいひつ)」に「国貞が自分の画風を真似した」と書き記したが、どちらが先で、どちらが真似という本当のところは分からない。

見方を変えれば相性が良く、しかもこの二人の合作となればかならず売れるので、時には有力版元から国貞との共作の企画まで持ちかけられた。断れない英泉は辟易している様子で、

「あいつとの共作は、やり辛くて敵わねえ」

「何でです」

二人が合わないのは話を聞くだけで分かる気がしたが、国芳は一応訊いた。

「あーしらの絵はよく似てると言われるが、ちっとも似てねえ。あいつは、世間の闇を知らねえ。ずっと豊国の引いた光の後をまっつぐ歩いてきたんだろう。夢とか希望とか嘘っぱちばかり描きやがってよ。そんないい子ちゃんと、あーしみてえなひねくれ者の筆とが似るわきゃねえ」

「マア確かに、国貞の兄さんは優等生ですからねエ」

国芳は、腕を組んで頷いた。

「でも、悪く言うなアやめてくだせえ。あの人を悪く言っていいのア、わっちだけでしてね」

「ふうん」、

英泉はさも面白くなさそうにあごで国芳を見た。

「何だかんだあーた、野郎の肩を持つてえのかい」

「そりゃあマア、狐だろうが狸だろうが兄弟子ア兄弟子ですから。それに」、

国芳の切れ長の目が、きらりと光った。

「世間様に夢とか希望を与えるなア、歌川流の十八番でしてね」。

「ふん。所詮あーたも狐と同じ、豊国の甘い汁啜る生半可ってこったな」

英泉のねじけた言いっぷりに、国芳はさすがに目の色を変えた。

「師匠、それ以上師匠を貶すなアやめてくれやせんかねえ」、

「ええ、何かい。やんのかい」

英泉の扇動で、国芳は立ち上がった。

「ああ、やってやらア」、

みつは国芳の燃え立つ瞳を見て、あっと思った。この人はこんな強い眼をする男だったのか、と。

「そちらが持ちかけた絵の勝負、絶対エ負けねえ。めえにだきゃ、みつは渡せねえ」。

英泉は、フッと不敵に笑って頷いた。

「だからあーた、あーしと勝負するなアいいが、何が得意なんだえ」

「わっちゃア、ふらふらでさア」。

「ふらふら?」

英泉は眉を潜めた。

「ヘエ、英泉師匠は美人画、豊国師匠は役者絵、大勢いる兄さんたちにも、どれか一つはこれはという抜きん出た分野があるてえもんでしょう。それなのにわっちにゃアこれがっつうのがなくて、ふらふらしているんです」

ふらふらか、と英泉は口の中で呟き、一瞬微笑した。しかし直ぐに喧々として、

「あーしを舐めるなよ。てめえの道ゆきも決まらねえふらふらと、何の絵で勝負をしろってえんだい」

身を乗り出した英泉を前に、国芳はぺろりと上くちびるを舐めて笑った。

「水滸伝。・・・・・・」

「え?」

「美人画でも役者絵でも何でもいい。勝負の画題は、今流行りの水滸伝でやりやしょう。」

国芳の少年のような綺麗な眼が、きらりと陽光に反射した。

トップ画像:渓斎英泉「満月」

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