大浦天主堂で起きた世界宗教史上の奇跡「信徒発見」:長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 (3/3ページ)
神道を国教とすることを定めた政府は、なかなか棄教しない浦上村のキリシタン約3,394名を日本各地に配流することを決定します。これが「浦上教徒弾圧事件」と呼ばれる検挙で、浦上のキリシタンはこの配流を「旅」と呼んでいます。配流先での拷問や重労働で約600名が亡くなりました。
これを聞いた欧米諸国は日本に猛抗議をします。ちょうどその頃、不平等条約を改正するために欧米を訪問していた岩倉使節団は、訪問先で信仰の自由を求めるように抗議と非難を受けました。信仰の自由を認めなければ外交は進まないと判断した政府は、ついに禁教令を解きます。禁教令が出されて260年以上が経っていました。
キリスト教の解禁後、五島、外海、天草など各地の信徒と神父の手によって、教会が建てられます。
キリスト教の伝来、繁栄、禁教と潜伏、そして復活という歴史を経て建てれた教会。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を訪れる際はそんな歴史を知ると、より一層、意義のある旅になるかもしれません。
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