江戸時代の女性の活躍に注目!三越、松坂屋、高島屋の成功のカギとは? (2/2ページ)
歌川広重「名所江戸百景 下谷広小路」
9代目も死んでしまい、伊藤家大ピンチ!…と思いきや、10代目となった女性の当主・宇多が建て直すのです。7代目の妻でしたが、死後8代目そして9代目の妻となります。婿を迎えて11代目の当主とし、夫婦で力を合わせてお店を盛り立て、ついに明和5年に江戸・上野にあった松坂屋を買収しました。
高島屋の創業時に活躍した飯田秀(ひで)最後に紹介するのは、高島屋の創業時に活躍した飯田秀(ひで)です。米穀商を営んでいた秀の父・儀兵衛(ぎへえ)は、秀の婿に新七を迎えたものの、新七は呉服店をやりたかったので米穀商の仕事には身が入らない日々でした。
そんな夫を見るに見かねたのか、秀は儀兵衛から開店資金を借りて、儀兵衛の店のとなりで古着・木綿の店を開きます。目玉商品があった方がいいだろうという事で、自分の婚礼衣装を売るように、新七にアドバイス!華やかな婚礼衣装が飾ってあると、それを見ようとお客さんも自然と増え、古着の売れ行きは好調でした。
お店の経営方針は「確実なものを安く売る」「商品の良否を正直に説明する」などの4箇条。こうやって真面目に商売に励んだことで、高島屋は人気店になります。
殊法や宇多、秀は、経営センスが秀でていただけではありません。彼女たちは勤勉で、人徳もあるから、自然と人が集まったのかもしれませんね。
参考文献:江戸のヒロインたち
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