世界初の遺伝子編集された人間の赤ちゃんが誕生したと主張する科学者。HIVに対する免疫を持つ(中国)
遺伝子を改変した人間を体外受精で誕生させることが理論上可能になったのは、ゲノム編集技術「CRISPR」という安価かつ容易な遺伝子編集ツールが発明されたおかげだ。
そして、それは理論上のことではなくなってきている。
中国の研究者は今月、遺伝子を編集した人間の赤ちゃんを誕生させることに成功したと発表した。これは世界初の試みで、誕生した赤ちゃんはHIVに対する免疫力を持っているという。
ただしこういった実験は、デザイナーベビーという新しい優生学へとつながる危うさもはらんでおり、懸念の声も上がっている。
・HIV感染に対して免疫を持つよう遺伝子を編集
中国の治験計画書によれば、深圳市にある南方科技大学の賀建奎氏らが、世界初の遺伝子が改変された赤ちゃんを生み出すために夫婦を募集していたという。
その計画の狙いは、CRISPRで「CCR5」という遺伝子を除去したヒト胚を女性の子宮に移植し、HIVなどの病気に対する耐性を持つ子供を作ることだ。
治験計画書に掲載されているデータからは、24週(6ヶ月)までの胎児に対して実験が繰り返されてきたことが窺える。
AP通信は、賀氏によれば、今月ある夫婦が双子の女の子を出産したと伝えている(ただしAP通信は直接確認していない)
本プロジェクトのプロモーション動画
About Lulu and Nana: Twin Girls Born Healthy After Gene Surgery As Single-Cell Embryos
体外受精技術を開発したロバート・G・エドワーズ氏には2010年にノーベル賞が授与されているが、賀氏はこれを上廻る成果であると声明で述べている。
いくつもの遺伝子疾患の新しい治療法の開発に期待が持てる一方、人間を人工的に強化したデザイナーベビーという新しい優生学へとつながる危うさもはらむ道である。
・遺伝子編集サミットでも大きな話題に
中国ですでに遺伝子が改変された人間が誕生しているという主張は、香港で開催された第二回ヒトゲノム編集に関する国際サミット(Second International Summit on Human Genome Editing)でも大いに話題となった。
サミットの目的は、人類は自らの遺伝子改変を始めるべきか否か、するべきであるならどうやって行うのか、その方針を決める手助けをすることだ。
この技術が倫理的な観点から批判されているのは、胚に対する改変が将来世代に受け継がれ、最終的には遺伝子プール全体に影響を与えかねないからだ。
サミットの議長を務めたカリフォルニア工科大学のデビッド・ボルティモア(David Baltimore)氏は、少なくともこれまでは「人類の遺伝子を変化させるようなことは一切行われなかったし、世代間に渡って影響が現れるようなことも一切行われなかった」と発言している。
・大きなリスクが懸念されるヒト胚の遺伝子編集ベビー
ヒト胚の遺伝子を編集することには、意図せぬ突然変異や、編集済みと未編集の細胞がまざった赤ちゃんが誕生したりするなど、大きなリスクが付きまとう。
治験文書のデータからも、胎児は異なる手法で編集された細胞の”モザイク”を有していることが窺える。
文書をレビューしたアルティウス生物医学研究所のフョードル・ウルノフ氏は、この実験が不完全ながらも改変遺伝子を持つ「人間を作り出すためのもの」であることが示されていると話す。
ウルノフ氏は、これについて、「遺伝子編集が不必要な場で使われたことに対する後悔と懸念」と述べている。
じつは、成人のHIV患者においても、今回のヒト胚と同じ遺伝子を編集しようという試みがすでに行われている。
こうした状況をウルノフ氏は次のように述べる。
「ヒト生殖系列遺伝子工学への説明困難な襲撃であって、既存の病気を治療するために大人も子供も遺伝子を編集する10年という影を大衆の心に投げかけるかもしれない。」

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・法的な問題はクリアしているのか?
2017年にコールド・スプリング・ハーバー研究所で行なったプレゼンテーションで、賀氏はマウスやサルにくわえ、300のヒト胚に予備的な実験を行なっていると発表した。
CRISPRにまつわるリスクの1つに、うっかりミスによる突然変異を引き起こす危険性がある。しかし同氏によれば、対象となった胚ではそのような変化は生じていないという。
彼はまたダイレクト・ゲノミクス社というDNAシーケンシングを行う企業も設立した。
治験計画書によれば、妊娠期間中はヒト胚の遺伝子はずっと監視され、胎児の状態が確認されるという。
「仮にCRISPRで最初に生まれた子供が健康でないことが分かれば、大問題となる」ということを彼はプレゼンテーションの中で認めている。
ヨーロッパの大半とアメリカでは、遺伝子が改変された胚でヒトを妊娠させることは現時点では禁止されている。
中国でも2003年に禁止されているのだが、賀氏が当局から許可を得ているのかどうかは不明だ。
・遺伝子編集ベビーに対する世論の反応
ここ数週間、賀氏は、中国の倫理アドバイザーとの話し合いや世論調査の依頼、アメリカ人の広報の専門家を雇うなど、積極的なキャンペーンを展開している。
中山大学が中国人4700人を対象に実施した世論調査によると、遺伝子の編集は広く支持されており、6割以上が目的が病気の予防や治療であるのならば、子供の遺伝子編集の合法化に好意的という結果が得られた。
アメリカでの世論調査でも同程度の支持があるという結果が出ている。

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・治癒なのか?強化なのか?が重要なポイントに
賀氏がCCR5という遺伝子を編集対象にしたことは賛否があるだろう。
この遺伝子が機能しない人は、HIV感染に対して免疫があるか、高い抵抗力があると考えられている。そこで賀氏は、CRISPRでCCR5を取り除き、人工的にそうした免疫のあるヒト胚を作っている。
しかし、これはヒト胚がすでに持っている病気を治療するためのものではなく、ワクチンのように健康上のアドバンテージを作り出すことが狙いだ。
したがって、治療と強化とを隔てる境界のグレーゾーンに当たる行為である。
これまでのところ、容姿や性格を改変した”デザイナーベビー”を作るために遺伝子編集技術を利用するべきではない旨について、専門家は概ね同意している。
賀氏はこうした懸念が起きることは予測していたようで、中国のSNSで「病気の治療や予防目的での遺伝子編集は支持するが、IQ(知能)の改善は支持しない。それは社会のためにならない」と投稿している。
・科学が人間の進化にどう関与していくのか?
それでもなお、HIVを予防するためにCCR5の除去するという方法は、十分な説得力がないかもしれない。
現在ではもっと安価で簡単なHIVの予防法があるからだ。
CRISPRで胚の遺伝子を除去する方法は、高価かつ高度であり、HIVが大問題となっている貧しい国々の人たちにはとても気軽に使えるものではない。

image credit:H. MA ET AL./NATURE
賀氏を知る人物によると、彼の科学的な態度は、地域社会の善が個人の倫理観や国際的なガイドラインより優先されるという、中国では広く根付いた社会的な態度に沿ったものだろうという。
だが、この治験の裏には、さらに大胆な思想が隠されている。「――科学によって進化をどのように形作ることができるだろうか」という思想だ。
CCR5が機能しなくなる自然の突然変異は、中国ではなく、ヨーロッパ北部の一部で多い。遺伝子工学で、このような長い時間をかけた進化の中で発見された天然の発明を利用し、未来の子供たちに伝えようというのだ。
こうした思考は、リスクもあるが、病気にならない遺伝子だけを持ち、アルツハイマー病や心疾患などで苦しむことのない人々を将来的に作り出すかもしれない。
賀氏のサイトからは、彼がこの編集技術を同じような視点から捉えていることが窺える。
数十億年の間、生命はダーウィンの進化論に従って前進してきた。だが、より最近では、産業革命が環境を劇的に変化させ、「大きなチャレンジ」を突きつけている。そして人類は「進化をコントロールする強力なツール」に出会うことになった。
References:Chinese scientists are creating CRISPR babies - MIT Technology Review/ written by hiroching / edited by parumo