江戸時代の湯屋のほとんどは混浴だった。みんな意外と抵抗なかったってホントなの? (2/2ページ)
なんせ彼は禁欲主義者で、男女のまじわりは子孫を残すためのものと考える人なので、混浴なんてあってはならないと思ったのでしょう。この「入込湯厳禁」の町触れは、湯屋にとっては歓迎できないものでした。なぜかって?男女の入浴日を分けたり、男湯と女湯を分けると、客も面倒なのでしょう。どうしても客が少なくなってしまうのでした。
そこで、湯屋が考えたのは、混浴でなければよいのだということ。つまり、浴槽の中を仕切って、洗い場や脱衣所も男女別にしました。といっても、仕切りは粗末なもの。浴槽の下の方はトンネルになっており、そこを抜ければ男風呂から女風呂に行けちゃうのですね。
厳しく取り締まっているようで、実はそうでもなかったともいわれています。というのは、この入込湯の禁止令は、江戸のみ。ほかの地域では、混浴でも問題なかったのです。さらに江戸であっても、男のみの社交場になっている湯屋2階からは、女湯を格子越しに見下ろすことができたのです。
女性の裸を拝み放題…今となっては信じられないことですが、江戸時代はそれがごく普通のことでした。
入込湯には便利な一面もそして入込湯は、意外と入浴客にとっても便利だったのです。夫婦は一緒に入ることができるし、子どもがいれば家族全員でまとめて入ることができます。
独身女性からも、そこまで入込湯反対の声はなかったよう。男性が少ない時間帯にする、女性何人かで入るなど工夫することで、風呂の中で男性に何かされるリスクはぐっと少なくなりました。
埃っぽいこともあり、とにかくきれいさっぱりとしたい江戸っ子たちは、細かいことはあまり気にしなかったのでしょう。それにしても、さぞかし湯屋の中は騒がしかったことでしょうね。
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