40年愛され続ける味を創ったカプリチョーザ創業者の物語 (2/2ページ)

新刊JP

その頃はまだ「フランチャイズ」「チェーン店」という言葉は一般的ではなく、本多はチェーン展開に乗り気ではなかったという。しかし、レストランチェーンを運営するWDIが少しずつ交渉を進め、本多の心を開いていったという。しかし、チェーン展開をするにあたり、その他にも様々な壁があったようだ。

それから間もなくの1987年、本多は肺ガンを宣告され、翌年7月21日に息を引き取る。本多亡き後もカプリチョーザは順調に出店を続けており、本多の生み出した味は、今でもなお、多くの人に愛されている。

本多の母であるフテさんも商店を経営してきたが、そんなフテさんの商売の鉄則が「損して得とれ」だ。本多の大盛りのスタイルもこの精神から生まれたという。「損して得とれ」の精神で本多もお店を大きくしていった。
本多征昭の短くも濃い人生を追うことで、カプリチョーザの人気の秘密がわかるはずだ。

(新刊JP編集部)

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