五木寛之×椎名誠「僕たちはどう死ぬるか」(7)死を意識したら延髄が固くなった (1/2ページ)
五木 椎名さんはリアリティをもって自分が死ぬと感じたことはありますか?
椎名 かつて一度だけ、外国で。馬で雪の積もった大きな山を目指したときに、「馬は上に逃げようとするから絶対に行かせないように」とさんざん言われてたんですが、うっかりして気がついたら馬が道を外れて上に登って道がなくなってしまい、馬は左側から乗り降りするんですが、左は谷になっていて降りられない。で、逆に降りようとすると馬は暴れて、これは馬と一緒に谷底に落ちて行くんだと初めて死を意識しましたね。
五木 死ぬのを意識したときは、どんな感じでした?
椎名 延髄のあたりが固くなるんですね。要するに首が回らない状態です。先に行ってたカウボーイが戻ってきてくれて助かったんですけど、しばらく馬もぼくも動けなかったですね。
五木 ぼくが死を意識したというのは、敗戦を今の北朝鮮で迎えたときかな。大混乱のなかで、死なんていうのは日常だった。延吉熱とか言ってたけど、発疹チフスが旧満州のほうから集団で避難しているところで蔓延して、朝になったら赤ん坊が死んでいたということがざらにあったんです。
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椎名 沼津の菩提寺に椎名家の墓があって、墓は墓石の下に半地下の遺骨置き場がある日本の一般的な古いカロウト式の墓ですが、奥の薄暗いところに先祖たちの骨がある。死んだあと、こんな所に入るのかと思うとぼくは憂鬱なんですね。五木さんは死んだあと、お墓に入りたいですか?
五木 ぼくは墓はなしにしたいですね。できたら日本海の辺りに散骨してもらえればありがたいし、どこへ捨ててもらってもけっこうだと思っています。
椎名 墓をめぐる取材をしていて、大阪の通天閣のそばにある一心寺という寺で遺骨でつくった仏像を見ました。ここは昔から宗派にかかわらず誰でも埋葬した、いわば投げ込み寺だったそうです。戦前その時の住職がすべての骨を砕いて粉にしてそれを固めて遺骨で仏様をつくった。