「親の七光り」なんて言わせない!和泉式部の娘・小式部内侍が見せつけた当意即妙の歌才 (3/5ページ)
「あ~っれぇ~?小式部ちゃ~ん?ママに『お歌作って下さ~い』ってお願いした手紙のお返事、ま~だ来ないのかなぁ~?(とっても意訳)」
定頼のニヤニヤ笑いが目に浮かぶようですが、馬鹿にして立ち去ろうとするその裾を掴んで、小式部内侍は言いました。
「おおえやま いくののみちの とおければ まだふみもみず あまのはしだて!」
怒りに詠んだ即興歌は、まさに当意即妙の一言でした。
四条中納言も逃げ出した!名歌に込められた技巧とは
小林清親筆「教導立志基」より、小式部内侍と藤原定頼。明治十九1886年
「百人一首」にも載っているこの歌には、大きく二つの意味があります。
一つ目の意味は、ストレートに
「大江山や生野(いずれも現:京都府福知山市付近。諸説あり)への道のりは遠いので、天橋立(現:京都府宮津市)にいる母からの文(ふみ。手紙)は届いて=見ていません」
というもので、もう一つの意味は、少しひねって
「大江山に行く、野の道は遠いので、(もっと遠い)天橋立にはまだ行った(踏み、見た)事がありません」
というものでした。
生野と「行く野」、文と「踏み(到達)」をとっさに掛詞(かけことば)とする小式部内侍の機転にすっかり狼狽えてしまった定頼は、歌には歌を返すマナーも忘れて逃げ出してしまい、すっかり恥をかいてしまったそうです。