三億円事件は「エンタメ」になった 創作物から薄れゆく「リアリティ」 (2/3ページ)
」というタイトルで8月8日から約1か月半をかけて投稿された文章は、自身が三億円事件の犯人だと告白する「白田」氏が事件の全容を回想するというもので、ネットユーザーを中心に大きな話題となった。ブームを受け、事件発生からちょうど50年の12月10日付でポプラ社から同じタイトルで書籍化、さらに12月29日から少年ジャンプ+にてコミカライズも始まったとのこと。
記者の率直な感想を申し上げれば、ここまでメディアミックスが進んでいるということは、そういうこと、つまりは創作だろう。「小説家になろう」で公開されていた頃も、事件の当事者が書くにはあまりにも不自然であるとの指摘も見られた。例えば、
「1968年当時は『カミナリ族』と呼ばれていた暴走族を『暴走族』と書く」「過激派学生の言葉に、学生運動独特の語彙が全く登場しない」
「報道でも関係書籍でもほぼ100パーセント『ジュラルミンケース』と表記している、現金三億円を入れたケースを『アタッシュケース』と表記する」
といった具合である。
改めて発刊された書籍を手に取ってみても、犯行そのものの描写や計画より、語り手(著者)の人間関係や心理関係に描写の重点が置かれていて、本当の事件当事者の手記にしては、肩透かしを食らった印象を受けた。
ちなみに最初から日本信託銀行が狙われていたかのような印象を受けるこの事件だが、東芝府中事業所従業員の給与は68年9月までは支給前日に一旦隣の三菱銀行国分寺支店に一晩保管され、翌朝三菱銀行から輸送車で東芝府中に向かっていた。
従って事件直前まで犯人は三菱銀行の方をも監視していた可能性が考えられるが、この本ではそういったいきさつはほとんど割愛されている。