長野、内海、村田…「巨人軍」に捨てられた男たち (3/3ページ)

日刊大衆

かつての主力も戦力にならなくなれば、あっさりクビを切る……。実際、FA移籍組の中で、引退を巨人で迎えた選手は6人しかいません」(ベテラン記者)

 巨人が下した非情な決断――。記憶に新しいところでは、村田修一だろう。

 村田は11年に横浜からFAで巨人に移籍。4番打者として活躍し、生え抜き以外では初となる選手会長も務めた。

「17年のオフ、村田は戦力外を言い渡されました。球団の発表では“若返り”が理由でしたが、簡単に功労者のクビを切ったという印象は拭えませんでしたね」(前出の巨人番記者)

 この年、村田は開幕当初こそ控えだったものの、最終的には118試合に出場。打率2割6分8厘、14本塁打、58打点という、まずまずの成績だった。

「常時スタメン出場すれば、まだまだ結果は出せたはずですし、三塁の守備はトップクラス。巨人も他球団が獲らないとは思わなかったんでしょう。通算2000安打達成間近(残り135本)だったこともあって、球団側の冷酷さが際立ってしまいました」(前同)

 村田は、独立リーグで現役を続行したものの、翌18年に引退している。

 現在発売中の『週刊大衆』2月4日号では、さらに巨人軍から非情な仕打ちを受けた選手たちにスポットを当てている――。

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