NHK大河ドラマ『いだてん』も描かない「東京オリンピック1964年の激動ニッポン」 (5/5ページ)

日刊大衆

本誌は大会開幕直前に『東京五輪音頭』を大ヒットさせた三波春夫(41)も直撃している(8月13日号)。

 記者が、三波の浪曲とは対極にあるビートルズに熱狂する若い人について意地悪く聞くと、〈わかりません。聞いたことありませんから〉とニベもない答え。ところが、浪曲については〈大衆の心のふるさと、とでもいいますか。だから私は、浪曲は民謡だと思います。私の音頭がうけたのも、やはり大衆の心に伝わるものがあったからじゃないですか〉と熱弁を振るってくれた。本誌も『大衆』の名に恥じないよう、読者の“心のふるさと”になれるよう、精進します!

■女子バレーやマラソンで日本中が沸いたが

 東京五輪は“東洋の魔女(女子バレー)”の活躍や体操とレスリングの金メダルラッシュに国民が沸き、重量挙げでは金メダルの三宅義信をはじめ、全出場選手が入賞という快挙を達成。「柔道無差別級ではヘーシンク(オランダ)と神永昭夫の一戦は、編集部で見守ったよ。神永がまさかの一本負けした瞬間、なぜか、先輩記者に頭を引っ叩かれたのを覚えている(笑)」(前出の本誌記者OB)

 オリンピックの最大の華ともいうべきマラソンでは、アベベ(エチオピア)や円谷幸吉(銅メダル)の走りに、日本中が沸いた。

 しかし、五輪をめぐっては、こんな“ネタ”もあった。当時は、まだ下水道が普及しておらず、〈(汲み取りのための)バキュームカーは外国にはない。国辱だ――という先入観から、都ではオリンピック期間中バキュームカーをできるだけ走らせないようにしている。よんどころなければ、幌をかぶせて深夜ひそかにやってくる計画〉(10月15日号)だったという。

 また、公衆便所があまり設置されていなかったため、マラソンコースの甲州街道沿道では「なるべく水分を取らないで観戦すること」の一文が、当局の要望事項にあったとか。

 当時、大学生だったという評論家の小沢遼子さんは、「大学の友人らは皆、(発展途上の)ニッポンでよくオリンピックが開けたものだと言っていましたね。学生のアルバイトといっても、当時は学帽かぶって路上でモノ売りする時代ですよ。私も含めて、みんな一生懸命、とにかく必死に生きようとしていた時代でした」

 あれから56年目となる来年。前回から飛躍的な成長を遂げたニッポンの首都で開かれる東京五輪は、大成功するか!?

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