平成「美女スキャンダル」全史(2)<徹底検証>平成元年7月11日、中森明菜のあの事件 (2/2ページ)
明菜の結婚願望は、完全にハシゴを外された形です」(二田氏)
当時の研音の社長だった花見赫氏に、騒動から23年たって聞いたことがある。この会見に明菜サイドは一切タッチさせてもらえず、完全に「ジャニーズ」の仕切りであったという。実際、会見でリポーターから「結婚は?」と問われたマッチは、顔色一つ変えずに答えた。
「そういうことはまったくありません」
明菜はその後も、所属事務所やレコード会社、ドラマの撮影スタッフと衝突を繰り返した。21世紀に入ると体調も悪化して、長らくの休業を強いられた。そしてマッチもまた、事件以前の輝きは取り戻せていない。
二田氏はこう結んだ。
「ある意味、マッチも犠牲者だったかもしれないが、ただ5000万円とも6000万円とも言われた金の行方は今も気になります」