梶原景時の仇討ち!鎌倉時代「建仁の乱」で活躍した女武者「坂額御前」の武勇伝(下) (6/6ページ)
かくして(本人の意思も聞かずに)坂額御前は阿佐利與一義遠に嫁ぎ、甲州へ移住。その後一男(後の浅利太郎知義)一女をもうけ、余生を送ったそうです。
終わりに山梨県笛吹市にある「板額塚」は坂額御前の墓所と伝わっており、彼女が生まれたとされる新潟県胎内市飯角(※2)に鎮座する熊野若宮神社の境内には、その武勇を称えて「鳥坂城奮戦800年記念碑」が建立されました。
(※2)「飯角(はんがく)」と読み、この地名が呼び名の由来となったとも言われています。
かつて恩人の仇討ちに決起し、死力を尽くして闘い抜いた女傑のエピソードは、今なお多くの人に愛され続けています。
【完】
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