そのルーツは伊勢神宮!「サイトウさん」のご先祖様や漢字の由来を紹介 (2/3ページ)

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歌川貞重「平新王将門」江戸時代より。乱の猛威は東国を震撼せしめた

この頃は平将門の乱が終息(天慶三940年)して10年が経ってもその余波が収まらず、将門の本拠地であった坂東(現:関東地方)は元より、周辺地域でも混乱が続いていました。

伊勢国(現:三重県の大部分)でも情勢が不安定だったため、武勇名高い叙用に白羽の矢が立ったものと考えられます。

(本来、斎宮頭は文官ですが、いざ有事に斎王らの身辺警護や治安維持といった武官的な役割も期待されていたのでしょう)

菊池容斎『前賢故実』より、藤原利仁肖像。明治時代

叙用の父・藤原利仁(ふじわらの としひと)は、平将門の乱を鎮圧した藤原秀郷(ふじわらの ひでさと)と双璧をなす武人・軍事貴族として知られ、越後国敦賀(現:福井県敦賀市)を本拠地として、北陸地方に一大勢力を築き上げていました。

『今昔物語集』でのエピソードや、それを元にした芥川龍之介の小説『芋粥』にも登場する有名人ですが、叙用もまた、そんな父に恥じない武勇が高く評価されたのでしょう。

以上「斎藤さん」のルーツについてまとめると、以下の通りです。

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