あの素晴らしい「昭和大ヒット曲」をもう一度(1)ロザンナ「愛の奇跡」 (1/2ページ)

アサ芸プラス

あの素晴らしい「昭和大ヒット曲」をもう一度(1)ロザンナ「愛の奇跡」

 男女デュオの先駆けでデビューした「ヒデとロザンナ」は、イタリア出身のロザンナ(68)の美貌も光った。亡き夫・ヒデ(享年47)との思い出は、いつまでも色あせないまま‥‥。

──デビュー曲「愛の奇跡」の発売が68年10月ですから、半世紀がたったことになりますね。

ロザンナ そうか、もうそんなになるのか。前の年に来て、まだ日本語も何もわからない18歳だったよ。

──間奏で「アモーレ、アモーレミオ」と叫ぶセリフも流行しました。

ロザンナ あれはレコーディングが始まってからのヒデのアイデアで、あまりイタリア語っぽくなく入れてくれと。すごく恥ずかしかったよ、好きな人の前で「アモーレ」と叫ぶんだから。

──あっ、デビューの段階で、すでに恋心が?

ロザンナ バンドの人とか年齢がすごく離れているでしょ? 唯一、近かったのがヒデだったし、会った瞬間に「この人だ!」と。寄り添える人だと思いました。

──いい話です。結婚はそこから7年後の75年ですが、どういう間柄でした?

ロザンナ 恋人であり、仕事上の相棒であり、時には邪魔者であったり(笑)。

──邪魔者とは?

ロザンナ 彼は仕事が終わると一人でどこか遊びに行きたい人だったから。監視しとかないとね(笑)。

──なるほど。さて5枚目のシングル「愛は傷つきやすく」(70年5月)は、初のチャート1位に輝く大ヒットに。

ロザンナ 5作目でもまだ日本語がよくわかっていないの。歌い出しの「自由に」は、ジェニーって女の子の名前かと思ったくらいだから(笑)。でも、これがなかったらデビュー曲だけのヒットに終わって、日本にはいられなかったかもしれない。

──感謝の一曲ということですね。

ロザンナ うん、中村泰士先生のいいメロディに出会ったと思う。

「あの素晴らしい「昭和大ヒット曲」をもう一度(1)ロザンナ「愛の奇跡」」のページです。デイリーニュースオンラインは、愛は傷つきやすく愛の奇跡ロザンナヒデとロザンナ紅白歌合戦エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る