これが武士の生き方!主君や家族、友人の為に命を懸けた日本三大仇討を紹介 (3/3ページ)

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もちろん、源太夫は断るのですが、それが原因で殺害されてしまいます。その後、又五郎は脱藩し江戸で旗本に匿われました。

やがて、忠雄が病気で亡くなり、又五郎が旗本と岡山藩の抗争の処罰として江戸追放を受けると数馬は忠雄の意志を受け継ぎ脱藩し、又五郎討伐を決意しました。

しかし、剣に自信のない数馬は義兄弟の荒木又右衛門から剣の指導と助太刀を頼み、寛永11年(1634)に又五郎の居場所を突き止め、道中の鍵屋の辻(現在の三重県)で決闘が挑みます。

長い決闘の末に又五郎を討ち取り、2人は本懐を成し遂げました。この仇討で数馬と又右衛門は賞賛を受けますが又右衛門は翌年に亡くなっています。

最後に

誰かのために命をかけることは誰でもできることではありません。その死を恐れない覚悟と最後まで忠義を尽くした姿が人の心を惹きつけ、今でも語り継がれているのだと思います。

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