東や南じゃダメなの?上皇の身辺警護を務めた「北面武士」が北向きに奉公した理由 (3/3ページ)

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終わりに

【問】北面武士はなぜ北向きなの?
【答】神様は南向きが好きで、その子孫である皇室と向き合ってお仕えしたから。

承久の乱で鎌倉幕府に敗れた後鳥羽上皇が隠岐国(現:島根県隠岐郡海士町)に流されると、西面武士は早々に廃止され、朝廷の武力を削ぐために北面武士も規模を縮小、次第に有名無実化していきました。

御所を警護する武士たち。鎌倉時代『平治物語絵巻』より。

それでも家門を示す名誉職として北面武士は明治維新まで存続し、任務に当たった武士たちは「院御所をお守りする」誇りを胸に、堂々と務め上げられたことでしょう。

※参考文献:竹内理三『日本の歴史 (6) 武士の登場』中央公論社

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