犬の帰巣本能を利用!戦国時代を代表する愛犬家・太田資正の見事な犬活用術 (2/2ページ)
北条氏の滅亡を見届けて満足したのか翌年に資正は70歳で病没します。
資正流犬活用術!!資正は幼少の頃から犬を好いており、岩槻城と松山城合わせて約100匹も飼っていたと言われています。
その犬たちを岩槻城にいた犬を松山城に松山城にいた犬を岩槻城に両城で半分ずつ配置し、可愛がっていました。
家臣たちはその様子を見て「うつけもの」と資正を小馬鹿にしていました。
そんな矢先、上杉氏に寝返った資正の元に北条氏が松山城を攻めてきます。
その時に松山城にいた家臣は資正の言いつけ通り、城内にいる犬の首に書状を入れた竹筒を掛けた10匹を放ち、岩槻城に向かわせました。
北条側も伝令を犬とは思わなかったこともあり、岩槻城にいた資正に連絡が行き届き北条氏を撃退することに成功しています。
このように資正は犬を『軍用犬』として使用したことにより、北条氏から松山城を奪われることはありませんでした。
資正は日本で初めて軍用犬をしようしたとされており、この戦術は資正の出家名である三楽斉にちなんで「三楽犬の入替え」と呼ばれています。
このエピソードの影響により信長の野望や戦国IXAなど多くのゲームで資正は犬とセットで描かれています。
太田資正:信長の野望シリーズより
最後に犬の帰巣本能を活用した資正。ここまで犬のことを熟知しているともはや戦国時代を代表する愛犬家と呼んでも過言ではないですね。
資正と三楽犬には誰にも切ることのできない相棒関係が結ばれていたと考えられますね。
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