「個人主義や個の尊重」の台頭と「家制度や家系」の崩壊による弊害 (3/3ページ)

心に残る家族葬



5月1日から新元号となる。読売新聞と日本テレビが行った世論調査では、ふだんの生活や仕事で元号と西暦ではどちらを多く使っているかとの設問に「元号を多く使っている」と答えた人は41%で、「西暦を多く使っている」(25%)や「どちらも同じくらい」(33%)を上回った。平成、昭和、大正・・・という響きに、人々はそれぞれ思いを馳せ、その人だけの景色が広がる。自分がひとりでここまで来たわけではないとわかる瞬間である。天皇・元号は日本に生まれた自分のルーツを示す大きな「家系」なのだ。

■「根」としての「家」・「家系」

好むと好まざると、我々は親から生まれ、親もその親から・・と、縁起の連関、生命の連鎖の鎖に連なっている。「家」・「家系」は人としての「根」である。墓、仏壇、葬儀・・は代々の霊とふれあうことで、自分の「根」を知り、他の何者でもない「私」がここに在るまでの「縁」が示される。

いきすぎた「個の尊重」や伝統的な関係、慣習、風習からの「解放」は、「家」や家系を古臭いものとして否定する。それは「縁」を否定することであり、自分自身を否定することである。それに気づかないままなら、無縁社会、孤独死の問題は深刻化するだろう。新元号を迎え、改めて考える必要がある。

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