明智光秀を取り巻く女性たちを紹介♡大河ドラマ「麒麟がくる」のヒロイン事情を先取り! (3/3ページ)

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夫は早くに戦死してしまったお牧でしたが、息子の光秀は不運続きながらも皆に助けられて天下人に最も近いとされた織田信長に仕えたことで、彼女もようやく安泰な老後を過ごせる…はずでしたが、未曽有の惨劇が訪れたのです。

それは、八上(兵庫県)の城主・波多野氏との戦いの事でした。人命をおろそかにしない光秀は、年老いた母を人質として交渉した結果、城主兄弟を投降させる大手柄をあげます。しかし、信長は捕虜を助命する約束を破棄して投降した波多野らを皆殺しにしました。

その報復として八上の城兵にお牧は処刑され、母の死を招いた信長への憎しみで光秀は本能寺の変を起こしたと言われています。

なお、この説は後世の創作とする声もありますが、早くに光綱を亡くして乱世で苦労を共にした光秀と母の絆が強かったのを感じさせる逸話です。

まるで王侯貴族のよう…光秀の娘達は宣教師も絶賛した美女揃い

福井県明智神社にあるガラシャ誕生の地

光秀を囲む女性達、最後は彼の娘達を紹介します。光秀の娘と言えば細川忠興に嫁いだガラシャ夫人が有名ですが、光秀には煕子(一説には側室もいたとされる)との間に数多くの娘がいました。

光秀の娘については『明智軍記』と言う書物では4人、『明智系図』では7人と記録に差異があるものの、いずれも光秀の縁戚や家臣、ないしは有名な武家に嫁いでおり、当時の習慣とは言え政略結婚で父を助けていたことを伺わせます。

なお、ガラシャの姉妹だけあって彼女らも美しさは備えており、宣教師ルイス=フロイスは光秀の娘や息子達の美しさを褒め称え、まるでヨーロッパの王侯貴族のようだと本国に伝えました。

実際、母の煕子は天然痘になる前は美女として知られていましたし、光秀も残されている肖像画では端正な風貌をしているので、才色兼備の両親から美貌の遺伝子を受け継いだ姫達にぞっこんな武将も多かったことでしょう。

如何でしたか?明智光秀と言えば主君に背いた逆賊、もしくは保守的で冷たい印象が今でも広く流布していますが、多くの女性から助けを得て英雄となった愛情深い男性でもあったことが証明されつつあります。

「麒麟がくる」で光秀を支えた女性達はどのようにして登場し、活躍するかは分かりませんが、本稿が来年の大河ドラマを楽しむ上での一助となれば幸いです。

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