愛しい人々との別離…防人たちの思いが詠まれた「万葉集」防人歌を紹介 (2/4ページ)
さて、防人は各地から集められたのですが、任期は3年間と長くしばしば延長され、しかも食料や装備、行き帰りの交通費などは自腹、しかも税の減免はなし、と非常に負担の大きなものでした。
一度発てば、もう二度と帰れないかも知れない……そんな厳しい状況下にあって、防人たちはそれぞれの思いを詠んだのでした。
今回は、特に多くの防人歌が収録されている『万葉集』巻第二十より、おすすめの三首を紹介したいと思います。
この出陣の晴れ姿。見せたい母は……難波津に 装(よそ)い装いて 今日の日や
出でて罷(まか)らん 見る母なしに
装い装いて、迎えたこの日(イメージ)
【原文】
奈尓波都尓 余曾比余曾比弖 気布能比夜
伊田弖麻可良武 美流波々奈之尓
(なにはつに よそひよそひて けふのひや
いでてまからむ みるははなしに)
【意訳】
いよいよ今日、この難波津より完全武装で出航します。この晴れ姿を、故郷の母に見せたかったなぁ。
これは相模国鎌倉郡(現:神奈川県鎌倉市&逗子市~横浜市南西部の一帯)の丸子連多麻呂(まろこのむらじ たまろ)が詠んだ歌です。
相模国からはるばる難波津(現:大阪府)までやってきて、瀬戸内海経由で任地の九州まで向かうのでしょう。
「装い装いて」とは繰り返しによって強調を表わしますが、やっとの思いで武器や鎧を揃えたのかも知れません。