レオナルド・ダ・ヴィンチは航空写真もない時代、いかにして正確な街の地図を描き上げたのか?(イタリア) (2/3ページ)

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 その”地誌図(ichnographic map)”(ローマの建築家ウィトルウィウスが命名)は、丘や山の上からの斜視的な視点で見て描いたような、通りも建物もぼやけてしまっているようなものではダメだ。


・幾何学とコンパスで正確な地図を描き上げたダ・ヴィンチ

 果たして、完成した地図は素晴らしいものだった。彼には神のごとき卓絶した洞察力と想像力が備わっており、それを狂いなく再現する並外れた描写力があったと驚愕するかもしれない。

 その時代において、本当に上空から街を見下ろして描いたかのような正確さだ。

ダヴィンチが描いたイーモラの地図
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グーグルマップの航空写真
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 だが、ダ・ヴィンチが利用したのは幾何学とコンパスであった。

 2000年以上前、古代ギリシャの学者エラトステネスが地球の大きさを計測するのに使ったものとまったく同じ手段と道具である。

 ダ・ヴィンチは、特殊な羅針盤のような機能を持つ装置を利用したと考えられている。それは当時ブッソラ(bussola)と呼ばれていたという。

 それは常に北を指す印がある円盤状の器具で、ダ・ヴィンチはその印からの角度を目安に地図を作ったようだ。実際の地図にもその痕跡がうかがえる。
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