橋本マナミ、高島礼子、浅野温子…「平成を彩った」スーパースターたちの仰天“名場面”プレイバック!
平成期に本誌『週刊大衆』に掲載された著名人の注目コメントをピックアップ。今回はあの大物女優や、球界のご意見番、時代を席巻したシンボルも登場!
■浅野温子「女優業は向いていないと…」
バブル期に一世を風靡したトレンディドラマの顔であり、30年も続いた『あぶない刑事』シリーズでもおなじみの浅野温子は、20世紀最後の夏、39歳のときに本誌に登場した。話を聞いてみると、その素顔は、イメージとは180度違うものだった。「人とコミュニケーションをとるのが苦手なんです。だから、相手が怖がって近寄ってこなかったら、ラッキーみたいな感じ(笑)」
そもそも女優業も向いていないと思っているとか。トレンディドラマ全盛期の20代の頃は、なんと……、「ひそかに転職を狙っていました。(中略)安定した職業につきたかったんです。(中略)転職情報誌は、ずっとチェックし続けていたんですよ。30代の初めあたりまでそんな感じでした」
だが、年齢を重ねるとともに、転職を諦め、女優業に邁進することにした。「私、200歳まで生きることにしたの」
やりたいことが多いので、長生きしなければならないのだとか!?〈2000年(平成12年)8月25日-9月1日号「SEXY美女にいんたびゅう」〉
■南野陽子「交際していたカールスモーキー石井が別の女性と結婚」
平成初期には、中山美穂、工藤静香、浅香唯らと並ぶトップアイドル。その後、1992年(平成4年)には映画『寒椿』など、大人の女優に転向した南野陽子が、パンチ佐藤の対談連載に登場。28歳だった彼女には、交際していたカールスモーキー石井が別の女性と結婚を発表する……というキツい出来事があった。「あちらが一歩先に未来を見つけたわけでしょ。連れ添う人にしてみたら、私が“おめでとう”といったらどうなのかなって」と、強気に語っている。
その一方で、「私、キスしたの、ドラマのラブシーンが初めてなんですよ」 神戸のお嬢様らしい発言もあった。〈1996年(平成8年)1月1日号「パンチ佐藤の対談お願いシマッすっ!!」〉
■高島礼子「高知東生と結婚するも離婚」
昭和末期に女優デビュー、平成の芸能界で確固たるポジションを築いた高島礼子。当時はまだ独身だった。恋愛対象について、俳優はどうか? と聞かれると、「(今の俳優は)スキャンダルを気にして、すごく真面目な方が多いじゃないですか。ですから、私は昔の方にひかれますね。豪遊して、ただ、それだけじゃない。いろいろ知った方に魅力を感じますね」
そんな彼女が後に結婚したのは、昔の俳優ではないが、プレイボーイとして知られた高知東生だった。高知とは、いろいろあって、離婚するのだが……。
当時『陽炎2』という任侠系映画で艶技を披露した彼女は、「任侠映画は出たいですね。私が守りたいな、ぐらいの気持ちはあります」と表明。結果、これは有言実行となり、岩下志麻から引き継ぎ、『極妻』5作品に主演することになる。〈1997年(平成9年)4月14日号「高島礼子をもっと知りたいッ、直撃インタビューだ!」〉
■大沢啓二「ミスター長嶋茂雄にも喝!」
当時、日本ハム監督だった大沢親分が、野球通としても知られた作家・作詞家の山口洋子と対談。プロ野球界に、愛のある「喝!」を連発した。
すでに主流になっていた、4番打者にもバントをさせる野球に対しては、「力と力のぶつかり合いがプロ野球なんだ。今は高校野球の延長みたいになっている。これじゃ、やっぱりお客は減るぜ」と苦言を呈す。さらに、「野球に味がねえんだ」と続けた。
前年に監督復帰も、打撃不振でチーム成績が低調だった長嶋茂雄監督に対して、山口が「正直すぎる」と指摘すると――、「ありゃ、いい道ばかりっきゃ歩いてないの。栄光の道を。(中略)ドラフト会議のときにいってやったんだ。『お前、チーム弱いけど、元気だせよ』って」 大学の後輩でもあるミスターに「喝!」を入れていた。
一方、「女性の方はどうですか?」の問いには――「そういう面倒くせえのは、最近ご無沙汰してるよ」
山口が経営するクラブ『姫』にも通ったというが、「通った割には、『姫』の女とはなんにもなかったけどな(笑)」と、豪快に笑い飛ばす、「あっぱれ!」な親分だった。〈1994年(平成6年)1月3日号「スペシャルビッグ対談」〉
■江夏豊「日本アカデミー賞新人賞に」
85年に引退した昭和の大投手・江夏豊が村田英雄との対談企画に登場したのは、解説者としてだけではなく、タレント活動にも積極的だった1989年(平成元俳優として、東映の映画『最後の博徒』で俳優デビューし、松方弘樹演じる主人公の兄貴分を迫力満点に演じた江夏は、「野球でも新人王をもらえなかったのに、(映画で)日本アカデミー賞新人賞もらって、おったまげた」と、照れくさそうに語る。
以後は野球談義が盛り上がる。“浪速の春団治”川藤幸三に対しては、「憎めん男ですよ。(中略)18年やって200本ちょっとのヒットしかないでしょう。野球の実績がなくても、何か魅力があるんですね」
一方、江川卓には厳しい。「名前は残っていても、たいした実績はないですからね。(中略)要するに勝負師じゃないですよ」
村田に、「男の美学とは?」と問われると、「絶えず前向き。弱虫だからよけい前向くんでしょうね。一流の野球選手はみんな臆病ですよ。金田正一しかり、落合(博満)にしたって、臆病だからこそ、同じ失敗を二度と繰り返さないように慎重になる」と、独自の哲学を語った。〈1989年(平成元年)5月29日号「マッコー1本勝負 オレは村田だ!」〉
■アニマル浜口&浜口京子「死ぬんじゃないかと…」
女子レスリングが五輪種目になる7年も前の記事だ。父は教育方針をこう語る。「本気で叱ることは必要だ。そして、叱った後は抱きしめてやるんだよ」
スパルタ特訓に耐えた娘・京子は、「死ぬんじゃないかと思いました。でもその時、『絶対、有名になってやる!』と自分自身を励まして、耐えることができたんです」
当時から、“気合い”十分の父娘だったのだ。〈1997年(平成9年)9月15日号「アマレス『父娘鷹』対談」〉
■石川さゆり「平成のNHK紅白歌合戦に全出演」
平成のNHK『紅白歌合戦』にすべて出演した唯一の女性歌手が石川さゆりだ。そんな演歌の女王は、結婚→出産→離婚を経て数年後、36歳のときに美川憲一との対談企画に登場した。私生活の変化について、「やはり、離婚は人を変えますね」とキッパリ。美川に再婚を薦められると「お嫁にもらってくれたらいいなと思う(笑)」と意欲を見せていた。
また、名曲『天城越え』について、離婚前の彼女にあった良妻賢母イメージを……「(作詞家の)吉岡さんが『乱してみたい』とおっしゃったことから、あの歌ができたんですって」と語っている。〈1994年(平成6年)5月11日-16日号「美川憲一の『ちょっと、お元気ィ!?』」〉
■伍代夏子「杉良太郎とのお風呂事情を」
平成の美人演歌歌手ブームの顔だった彼女は、この2年前に杉良太郎と結婚。「教えてあげましょうか。入らない日はない。いつも一緒」と夫婦のお風呂事情を告白。〈2002年(平成14年)5月13日-20日号「SEXY美女にいんたびゅう」〉
■かとうれいこ「プロゴルファー横尾要と結婚」
かつてのグラビアブームの主役が、恋愛を語る。理想のタイプは「やりたいことがちゃんと見えてて、頑張っている人ですね」
言葉通り、後にプロゴルファー・横尾要と結婚した。〈2000年(平成12年)8月2日-8日号「SEXY美女にチュッ!いんたびゅう」〉
■細川ふみえ「ビートたけしとの不倫関係は?」
平成初期、かとうれいことともにブームを起こした彼女。27歳のときのインタビューでは、デビュー前の体験を告白。
また、当時噂されたビートたけしとの不倫関係については否定せずに、「う~ん、なんかあったことにしときますか(笑)」と、満更でもなさそうだった。〈1998年(平成10年)12月14日号「SEXY美女にチュッ!いんたびゅう」〉
■橋本マナミ「愛人にしたい女性タレントとしてブレイク」
彼女が、“愛人にしたい女性タレントNo.1”としてブレイクするのは2010年代に入ってから。23歳だった2008年頃は、セクシー系タレントとして開花する直前だった。
「何かひとつのことに熱中している姿にドキッとするんです。そういう意味では年齢とかは全然気にしない」と、恋愛対象を明かした。〈2008年(平成20年)6月9日号「SEXY美女にいんたびゅう」〉