石原良純&長嶋一茂コンビの“型破り”伝説!「お年玉は50万円」

日刊大衆

石原良純&長嶋一茂コンビの“型破り”伝説!「お年玉は50万円」

 石原家と長嶋家。華麗なる一族に生を受けた石原良純長嶋一茂は、幼少期からの経験も規格外。波乱も飲み込んだ半生の結果、マイペース・マイルールでハッピーなトークを届けてくれる2人の魅力にズームイン!

■石原良純 幼少期〜学生時代編

●広~い別荘なのに子供4人で1部屋

 父・慎太郎は石原家では絶対的な存在。逗子の豪邸には、書斎、アトリエ、プレイルームと、慎太郎専用の部屋はいくつもあったが、子供は4人で1部屋しか与えられていなかったことを、良純はいまも根に持っている。

●食事は二部制。女・子供は18時、父は19時から!

「子供がガチャガチャうるさいところでメシを食いたくない」ということで、女・子供は18時から、父・慎太郎はひとりで19時からと、石原家では夕食が二部制になっていた。「だったら4人も作るなよ!」とリトル良純は思っていた!?

●幼少期に良純のルックスとトークは既に完成!

 9歳当時の良純が父のことを語る映像が残されているが、目つき、表情、話すリズム、特徴的な眉毛と、ほぼ完成型。石原家の絶対君主・慎太郎に対しては「朝は寝ていて会えない」「帰ってきてもテニスとか遊びにいっちゃう」とのこと。「もっと会いたい?」という質問には「会いたいっていうかね~」と、現在とまったく変わらない物怖じのなさ&煙に巻くトーク術!

●俺は「子供じゃねえよ、良純だよ!!」

 子供の頃、たまに父・慎太郎と一緒に街に出かけ「あ、石原慎太郎だ」「後ろにいるのは子供かもな?」と囁かれるたびに、「子供じゃねぇよ。良純だよ!!」と思っていたという。子供の頃から、自我がスゴい。

●良純の名前は「山彦」になる予定だった!

 母親に“良純”という名前の由来を聞いたところ、「本当は伸晃が海彦で、あなたは山彦になるはずだったのよ」と言われて、初めて知ったという。良純は、生まれながらにして良純だったとしか考えられないくらい良純なだけに、意外な秘話。

■長嶋一茂 幼少期〜学生時代編

●やりたい放題!  家を遊び場に改造!

 幼少時代、自宅の床をのこぎりでくり抜き部屋を作ったり、ベランダに水をためて錦鯉を放ったりと、やりたい放題の豪快おぼっちゃん生活を送っていたが、両親から怒られたことはほとんどなかった。これがすべての原点か。

●お年玉は50万円!  口座には常に100万円!!

 小学生の頃には、50人ほどの大人たちから各1万円のお年玉をもらっていたとか。さらに、高校時代の一茂の口座には常に100万円が。定期的に減った分を振り込む、母の亜希子さんによるもので、太っ腹の一茂は、そのおカネでチームメイトに焼肉をおごっていた。

●父・茂雄の巨人軍監督解任にリベンジを誓う!

 一茂14歳の秋。父・茂雄が巨人軍監督を解任されると、「俺があいつらを見返してやる」と巨人への復讐を決意。筆箱やカバン、部屋の窓枠や廊下の壁にまで「リベンジ」とカッターナイフで掘り、復讐のシナリオを考え続けた。

●ズル入学をさらっと告白「時効だから」

 立教高校から立教大学へ、足りない点数は恩師と野球部の監督が受け持つ2つの体育の点数を123点、115点と大きく規格外の補填をしてもらい(ともに100点満点なのに!)、ズル入学。「もう時効だからいいと思うんですけど」っていいのか?

●パシられたらやり返す! いち早く倍返し!

 大学時代、上級生にインスタントラーメンを作ってくれと頼まれると、「俺はラーメン屋じゃなくプロ野球選手になるためにここに来た」と、わざと不味いラーメンを作って出した。ケツバットの罰を受けた際には、尻を突き出してバットをへし折った! 不屈の精神!

■石原良純 お仕事編

●鳴物入りで映画デビューも2週間で打ち切り

 芸能界入りは、慶応大学在学中に、入院中の叔父・石原裕次郎の見舞いに行ったところ、マスコミ関係者の目に触れたことから。その後、映画出演の誘いを受け、20歳で映画『凶弾』で裕次郎の甥のデビューと華々しく銀幕デビュー! も、2週間で打ち切りの黒歴史。

●ロケ地、遠っ!「(犯人は)住宅街で捕まれよ!」

「遅刻するな」が石原プロの鉄の掟。出演ドラマは、なぜか犯人が必ず採石場や廃工場へ逃げるため、ロケ地が遠くなり、遅刻の可能性が増すため、「その辺の住宅街で捕まれよ」と思っていた。

●遅刻して怒られるなら、事故を起こしたほうがラク!

 日曜日のロケで行楽渋滞に巻き込まれ、遅刻しそうになると、「反対車線に飛び出して走ろうかと思った。遅刻して怒られるぐらいなら、事故を起こしたほうがラクだと思っちゃう」石原プロ、遅刻にどんだけ厳しいんだって。

●喰いきれない餅……眼力で減らしたい!!

 おにぎりに餅……とにかくたくさん食べさせられる石原プロ。食べられないという理屈は通るはずもなく、こっそり捨てたおにぎりを舘ひろしに見つかり、殴られたことも。いつも「眼力で餅が減らないかな」と必死に睨みつけていたのが、石原プロの思い出。

●「みんな笑っていて楽しそうだった」からバラエティ進出!

『夢で逢えたら』への出演を機に、ウッチャンナンチャンに誘われてバラエティの世界に。その理由は「映画の現場って、人が台詞言ってる時に喋っちゃいけなくて、じっと見てなきゃいけない」からって当たり前! でも、バラエティは「みんな喋ってるじゃない。しかもみんな約束守らないだろ。楽しいほうがいいよな」とか。

●ホームページには白タートルの良純がいっぱい

「プロフィール」には、よほど気に入っているのか、白タートルニット姿で、微妙~に表情の異なる良純のバストアップショットがズラリと5枚。あの顔が5枚。ダムに鉄道、時刻表……好きなものがたくさんある良純だが、きっと自分のことも好き。

■長嶋一茂 お仕事編

●師匠は「さんま」でも収録中に居眠りしちゃう

 プロ野球引退直後の一茂を、7〜8本あった全レギュラーに呼んでくれた恩人ということで、「芸能界での師匠は明石家さんまさん」と話す。「番組収録中に居眠りして怒られたこともあったけど」って、悪びれる様子がないのがスゴい。そして、一茂伝説が始まるのである。

●何回もリハをやると、どれが本番だか分からなくなる!

 引退から3年後、ドラマの仕事が増えてきた一茂が、収録現場での戸惑いはないかと聞かれて答えたのが「何回もリハーサルあると、どれが本番か分からなくなったり(笑)」。いや、普通、雰囲気で分かると思いますよ!

●台詞は当日に覚える。「忘れやすい体質だから」

 ドラマのセリフは、「忘れやすい“体質”なんで、その日じゃないとダメですね。覚えても寝ると忘れちゃってるんで(笑)。本当に当日にバーッと覚えます」と一茂。そのアドリブ力、そして瞬発力こそが、現在の一茂の予想できないリアクションを生み出した!?

●あの「川上哲治」を「カワカミテツジ」

 ミスを恐れない一茂。あるスポーツ番組で、父・茂雄とも関係の深い巨人元監督の川上哲治さんの名前を「テツジさん」と誤読してしまうも、アナウンサーの「テツハルさんですね」のフォローに、「どっちでもいいでしょ」と平然。

●「文春と新潮の発売日、月曜日にしてくれないかな」

 テレ朝『羽鳥慎一モーニングショー』の金曜コメンテーターの一茂。木曜発売の『週刊文春』によるゲス不倫報道へのコメントを求められ続けることに嫌気がさし、「月曜日にしてくれないかな、発売日。そしたら不倫の話、良純さんがすることになる」と盟友・良純に丸投げ。

●北朝鮮ミサイル発射角度は「ホームランと一緒。田淵さんがこの角度だった」

 こちらも『モーニングショー』でのこと。北朝鮮のミサイル発射のニュースに際し、一般的なミサイルの発射角度が45度だと説明されると、「ホームランと一緒だね。田淵さんがこの角度だった」とコメント。あのぉ~、日本国民の生命、財産に関わる大問題なんですが。

●ハンバーガーショップ激混みに“エア”ドライブスルー

 ソルトレイク五輪の取材中、松岡修造とハンバーガー店に。店内は混んでいたが、ドライブスルーは空いていたので、2人は中腰になって車に乗っているかのような姿勢でドライブスルーに。店員に「NO!」と言われたそうな。そりゃそうだ。

※『EX大衆』2018年9月号より

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