天才テリー伊藤対談「薄井しお里」(1)震災をきっかけに目指す道を決めて (2/2ページ)
テリー わかったよ、じゃあ順番を追って聞いていこうか。しお里さんは、なぜアナウンサーを目指そうと思ったの。
薄井 高校生の時に放送部に所属していて、「NHK杯全国高校放送コンテスト」という大会に出場したんです。アナウンスと朗読の技術、発声や表現なんかを競うんですが、その全国大会で優勝しました。それをきっかけに、翌年春の高校野球で入場行進の司会に抜擢していただいたことがアナウンサーという仕事を意識したきっかけですね。
テリー へぇ、それはすごいな。
薄井 そのあと、大学2年生の時に東日本大震災が起こったことも大きいです。地元の茨城のライフラインが10日間止まってしまったので、「この道路は通れるようになった」「今日は海がすごく荒れている」みたいな情報を被災地に伝える役割をやらせていただいた時に、「あなたの情報を聞くと安心する」と、すごく喜んでいただけたことがうれしくて。アナウンサーを目指す気持ちが、さらに強くなりました。
テリー その思いから、東北放送に入ったわけだ。仙台の放送局ということは、楽天イーグルスのお膝元だよね。美人だから、さぞ選手に口説かれたでしょう。
薄井 いえいえ、私は夕方の報道担当だったので、選手への取材機会はなかったんですよ。
テリー なんだよ、つまんないな。
薄井 でも、確かに野球は大好きだったんです。私は法政大学卒なんですが、野球に関わりたくて、学内でいちばん弱い草野球チームにマネージャー兼プレーヤーで所属して頑張りました。
テリー あ、彼氏がその野球チームにいたんだろう。
薄井 いえ、その野球チームではなくて、野球部の方とおつきあいをしていました。
テリー すごいじゃん。法政の野球部といえば、六大学の中でも強豪チームだ。
薄井 はい、当時の彼もやっぱりカッコよく見えましたね(笑)。