美しすぎた男装のイケメン女剣士・中沢琴の幕末奮闘記【中・戊辰戦争編】 (4/5ページ)
その足で庄内まで行くのは難儀じゃろうから、道中で離脱して故郷・穴原へ帰れ」
「これしきの怪我で何をおっしゃいますか!たかが鴻毛の命一つ惜しんで恩義ある主君の大事に報いねば、武士の名折れにございます。何より……我ら兄『弟』、死ぬも生きるも一蓮托生と誓(ちこ)うたではありませぬか」
決死の覚悟で戦に臨む琴(イメージ)。
恩義に報いるためなら、自分の命など鴻毛(こうもう。鳥の羽毛)のように軽いもの。そんな琴の覚悟に、貞祇もそれ以上の説得はしませんでした。
「まぁ……お前ならそう答えるじゃろうな」
「はい!兄上、最期までお供致します!」
かくして新徴組は庄内藩と合流、迫り来る官軍(薩長軍や東北諸藩)を相手どって2ヶ月以上にわたる死闘を演じることとなりますが、これが後世に言う庄内戦争(明治元1868年7月11日~9月25日)です。
庄内戦争において新徴組が、琴と貞祇がどの戦線に、どのように(みんなまとめてor隊士ごとバラバラに)投入されたかは不明ですが、琴が獅子奮迅の大立ち回りを演じたエピソードが伝わっています。
琴たちが敵中深く斬り込んで乱戦のさなか、俄かに左足の傷が痛んで貞祇や仲間たちからはぐれ、敵兵十数名に取り囲まれてしまいました。
「おい、こいつ女だぞ!」
「何だと、散々手こずらせやがって!」
「身の程知らずめ、思い知らせて……ぐゎっ!」
一瞬の隙を衝いた琴は敵兵2、3名を斬り捨てて囲みを突破、九死に一生を得て再び貞祇らと合流し、庄内藩が新政府軍に降伏するまで、徹底的に抵抗を続けました。