ヒトの脳を持つサルをつかった研究はどこまで許されるのか?

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ヒトの脳を持つサルをつかった研究はどこまで許されるのか?
ヒトの脳を持つサルをつかった研究はどこまで許されるのか?

AKKHARAT JARUSILAWONG/iStock

 専門家が動物実験に使うハイブリッド動物の作成に警鐘を鳴らしている。かねてから人間と動物のキメラに内在する倫理的な問題が懸念されていたが、今回は、アルツハイマー病の研究にヒトとサルのキメラを作りだす研究分野から提起されたものだ。

 実験台となった動物に明るい未来はない。そうした悲劇を防ぐためにもきちんとした倫理指針を設けるべきだというのだ。
・なかなか進まぬアルツハイマー病の研究

 ヒト-サルキメラは、アルツハイマー病をはじめとする脳の病気の治療法開発を前進させるのではと期待されている。

 痴呆症の原因となる進行性の変性疾患であるアルツハイマー病は、脳にβアミロイドというタンパク質が蓄積され、それが神経細胞を殺してしまうことが原因と考えられている。

 大勢が苦しむこの病気の治療法を開発するために、これまで膨大な研究費が投じられてきたが有効な治療は見つかっておらず、西洋諸国では依然として主要な死因であり続けている。


・ヒトの脳を持つサルでの実験

 目下、アルツハイマー病治療の研究はラットによる動物実験で進められているが、当然ヒトとネズミの脳には違いがあるため、このやり方には自ずと限界が生じる。

 そこで先端の科学者たちは、もっとヒトに近いサルの脳を使って研究を行なっている。サルの脳に病気を引き起こすβアミロイドを注入し、そのときの脳の様子を観察するのだ。

 しかし、この方法でも、サルの脳がどの程度アルツハイマー病の影響を受けているのかはっきりとしないままだ。

 そこで、さらに一歩進め、ヒトとサルのキメラを作ろうというアイデアが提唱されている。海馬など、一部が完全にヒトに由来する脳を持つサルでならば、直接アルツハイマー病の研究が可能であるし、有望な治療法を試すこともできるだろう。

 アメリカ・イェール大学の幹細胞の専門家アレハンドロ・デ・ロサンゼルス氏は、「人間の病気をシミュレーションできる優れた動物モデルの研究は、生物医学の分野では長い間強く求められてきた」とその著書で述べている。

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pixabay

・ヒトの臓器を持つ動物たち

 今年4月、中国科学院昆明動物研究所の研究者が、ヒト脳の発達のカギを握る遺伝子をサルの胚に注入したと発表した。これに対しては多方面から批判が寄せられたが、人間の知能に関連する遺伝子を注入するなど、今後も実験は続けられる見通しだ。

・サルの脳にヒトの遺伝子を移植し認知機能を進化させる実験が行われる(中国研究) : カラパイア

 もう少し穏健な試みとして、遺伝子編集技術を用いることで、人間以外の動物の体内で人間の臓器を成長させようというものがある。これは不足しがちな移植手術用の臓器を確保することが狙いだ。

 基本的な理論としては、宿主となる動物の胚の遺伝子を編集し、本来のものではない臓器でもその体内で成長できるようにするのだ。

 iPS細胞はほぼあらゆる細胞に発達することができる。ならば理論的には、生来のものではない内蔵でも育てるよう遺伝子が編集された動物の胚にiPS細胞を注入することで、その体内で別の動物の臓器を成長させることが可能なはずだ。

 そして実際、ラットの体内でマウスの膵臓を成長させるといった実験はすでに行われている。それどころか2017年には、米ソーク研究所の研究チームによって、世界初となるヒトとブタのキメラが作られたと発表があった。

・キメラ技術:世界初、人間の細胞が入ったブタの胎児を作ることに成功(米研究) : カラパイア


・サル脳をヒト化する

 ヒト-サルハイブリッド脳を作り出すためにも同じ技術が用いられる。たとえばサルの海馬の遺伝子を編集して、そこにヒト幹細胞を注入。ヒトの海馬を成長させる。

 デ・ロサンゼルス氏によれば、その結果どうなるかは「寄与率」――すなわちドナー種に由来する細胞の割合次第だという。

 それが1パーセント程度なら、それほど”ヒト化”が進んでいなくても、人間に似た病気が発症する優れた実験モデルとなるだろう。
 
 だがカナダ、クイーンズ大学の神経科学者ダグラス・ムノス氏は、それが何の1パーセントであるかが問題だと考えている。

 サルが持つ全細胞の1パーセントであれば、サルらしい姿でサルらしく振舞うキメラになるだろう。だが、「もし脳細胞の1パーセントなのだとすれば、それはかなり大きな割合」となる。

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・サルの認知能力への影響は?

 デ・ロサンゼルス氏は、そうしたハイブリッドサルなら苦しむ能力も向上してしまうかもしれないと懸念する。そうなれば、動物実験がサルに与える苦痛はいっそう激しいものとなる。

 こうしたことや、ヒト-サルキメラには実験体としての生き方以外が与えられないなど、この類の実験の倫理面を懸念する人たちは大勢おり、ムノス氏も「正直、倫理的なことを考えるとゾッとする」と話す。

  デ・ロサンゼルス氏によれば、「サル脳の部分的なキメラ化が認知能力や感情に影響を与えるかどうかは不明」であるそうだが、中国で作られたサルの振る舞いからは、普通より賢い可能性が示唆されているらしい。

 同時に同氏は、ヒトとサルの種のギャップは、ヒトと類人猿のものよりも大きいことを指摘する。そのために、懸念されるようなヒトの意識がサルに芽生えるようなことはないかもしれない。

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pixabay

・患者から求められた研究であるということ

だがこうしたキメラ研究を後押ししているのが、患者のニーズであることも確かだ。

 それゆえに、「研究を禁止するだけの切実な倫理的理由があるかどうか、特に人道的目的を上回るような理由があるかを判断するガイドラインが必要」とデ・ロサンゼルス氏は主張する。

 また同氏は、慎重な第一歩を歩みだすために、まずはサルと類人猿のキメラから始めてはどうかと提案する。こうしたキメラに異常な行動が見られないか確認し、もしあればその倫理的な意味合いを評価するのだ。


・キメラは遠回り?

 なお、キメラは遠回りなアプローチだという声もある。そうした1人であるカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学のジュディ・イレス氏は、「なぜサルをヒト化する必要があるのか?」と疑問を口にする。

 つまり科学的に正当性があるのであれば、わざわざサルをヒト化しないで、人間で実験を行えばいいではないか、というのだ。

 誤解しないで欲しいのは、イレス氏が人体実験を推奨しているわけではないということだ。むしろその逆で、この類の研究を中枢神経系で行うのは時期尚早という立場だ。

 「脳は、認知をもたらし、内省をさせ、洞察や言語を与えてくれる。私たちが踏み込むべき場所ではない。」

References:nationalpost/ written by hiroching / edited by parumo
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