歴代総理の胆力「西園寺公望」(1)総理退陣後に「キングメーカー」として力を発揮 (2/2ページ)

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ために、西園寺総理の実現にひと汗かいた原敬は、うっぷんを晴らすように、こう言ったものである。

「(西園寺総理は)ややもすれば投げ出さんとする」(「原敬日記」原奎一郎編・福村出版)と、追い詰められるとすぐに投げ出す責任感の乏しさ、無気力ぶりを批判したものである。

 一方、西園寺の「胆力」は、総理退陣後に「キングメーカー」として発揮された。元老として、以後の総理を天皇に進言する「奏薦(そうせん)制度」を一手に握り、軍部の台頭に対してリベラリズムを死守するかのように、清浦奎吾、若槻礼次郎、犬養毅、斎藤実、広田弘毅と5代の内閣を送り出した。

 しかし、自らがフランス留学で体得、その実践を夢見たリベラル政治の完成とはほど遠く、晩年、前掲の「政治のレベルは、結局、国民の民度以上にはならぬものだ」と木戸孝允の孫の幸一に漏らしている。国民の民度以上の政治が行われないのは、今もって古今東西変わらずの“至言”となっているのである。

■西園寺公望の略歴

嘉永2年(1849)12月7日、京都生まれ。ソルボンヌ大学卒業。第二次伊藤内閣文相兼外相、第三次でも文相を歴任した。枢密院議長、政友会総裁を経て、内閣を組織。総理就任時、56歳。パリ講和会議首席全権。昭和15年(1940)11月24日、91歳で死去。国葬。

総理大臣歴:第12代1906年1月7日~1908年7月14日、第14代1911年8月30日~1912年12月21日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

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