首級は本当に飛んだのか?日本三大怨霊のひとつ、平将門「怨霊伝説」の元ネタを紹介【前編】 (3/4ページ)
梟首に処された平将門の首級。葛飾北斎『源氏一統志』挿絵。
下総国豊田郡で討死した将門の首級は京都に送られ、獄門(斬首した罪人の首級を晒す刑罰)にかけられますが、なんと将門の首級はまだ死んでおらず、かっと眼を見開き、無念の思いをブツブツと口にし続けていたそうです。
やがて将門は切り離された胴体とつながり、宿敵らに再戦を挑もうと念力を発し、宙に浮き上がったかと思ったら、坂東の方角に向かって飛んでいきました。
「……我が躯(むくろ)や何処(いづこ)……いま再びつながりて、怨敵らと一軍(ひといくさ)せん……!」
そんな凄まじい将門の執念が京から坂東に届いたか、下総国豊田郡に打ち捨てられたままとなっていた将門の胴体も、やがてびくびくと動き出し、ついに首がないまま立ち上がって歩き出したのでした。
「……我が首(こうべ)や何処(いづこ)……いま再びつながりて、怨敵らに一矢(いっし)報いてくりょうぞ……!」
もしも胴体に口があれば、きっとそう言ったことでしょう。かくして京都から坂東へと首級が飛び、坂東から京都へと胴体が歩き、互いに自分との再会を願い、必死に先を急いだのでした。
しかし、首級と胴体は再会することなくすれ違い、とうとう念霊(ねんりょう)が切れた将門の首級は墜落、そのまま死んでしまいました。