首級は本当に飛んだのか?日本三大怨霊のひとつ、平将門「怨霊伝説」の元ネタを紹介【前編】 (4/4ページ)

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将門塚。かつてここに将門の首級が墜落したとも伝わるが……?

一方の胴体も首級からの念霊補給?が切れたことで力尽き、そのまま倒れ込んだそうで、首級が墜落した場所が現代の「将門塚」、胴体の倒れた場所が「からだ明神」、なまって「神田明神」として祀られ、将門の怨霊を慰め、鎮めることとなったそうです。

お互いほぼ同じ東京都千代田区まで来ていたというのに、あとちょっとのすれ違いで宿願を逸したその無念は、察するに余りあります。

【後編に続く】

※参考文献:
乃至政彦『平将門と天慶の乱』講談社現代新書、平成三十一2019年4月10日
浅井了意『江戸名所記』改造社、昭和十五1940年12月7日
矢代和夫『北条五代記 日本合戦騒動叢書』勉誠出版、平成十一1999年5月1日
上杉孝良『三浦一族 その興亡の歴史』三浦市教育委員会、平成十九2007年3月

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