高石勝男、水泳でオリンピック初入賞を果たした男「いだてん」第29話振り返り (3/3ページ)
「人間の力は、限界に達したかに見える時に突如として天才が現れ、とてつもない力を発揮して、また新しい記録が生まれていく。こうした背景には、第一の成果としてスポーツ科学の進歩がある。」
かつて第一線で活躍した指導者の体験に基づく技術・勘に頼り、ひたすら泳ぐ指導をするのではなく、科学的な裏付けをもとに指導していく。「今後、スポーツ科学の研究が一段と進むにつれて、人間の力の限界はさらに前進するだろう」と述べています。
ただ、東京オリンピックには間に合わなかったのか……。高石は惨敗した悔しい思いを抱え、水泳連盟会長を辞任。オリンピックの2年後に59歳で亡くなります。
多くの人々から慕われた高石の葬儀は派手なもので、大阪の扇町プールで行われました。プール一面に花が飾られた華やかな葬儀で、高石の教え子たちがプールに飛び込んで泳ぎ、「献永」を捧げたとか。
かつての仲間たちをはじめ、葬儀に参列する人がの列が絶えないほどだったそうです。
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan