前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【二】

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前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【二】

前回のあらすじ

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前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【一】

今は昔、武蔵国から衛士(えじ)として京都に駆り出されてきた一人の男。

故郷が恋しいあまり、ぼんやりと「酒甕に浮かべた瓢(ひさご)が風に吹かれる光景」を思い出し、ブツブツと呟いていたところ、それを聞き留めた誰かが衛士に声をかけたのでした。

「その光景、前世で見たやも知れませぬ」

「もうし、そこな衛士や」

声の主は女性のもので、そのさやかな響きから、聴いただけでやんごとなき方のそれと判ります。

「へへぇ、何でやしょう」

日ごろそんな方と言葉を交わす機会などないため、ぎこちなく答えて衛士が振り向くと、そこには皇女(天皇陛下の娘)にあらせられる姫宮さまがおわしました。

「その話、いま一度聞かせてたもれ」

酒甕に浮かべた瓢(ひさご)など、そんな下らない話などを姫宮さまがご所望とは、一体全体どうしたことか……それともアレか、あまりの下らなさに、何かお咎めでもなさるのじゃろうか……?

などと一人思いを巡らす衛士の様子を察したのか、姫宮さまは優しく微笑みかけられます。

「何もとって喰うたりなどせぬ……汝(な=あなた、の古語)が話した酒甕の瓢、何ゆえか妾(われ)も前に見たような覚えがあるのじゃ……」

そんなまさか、酒が呑みたければ女官に酌ませるご身分の姫宮さまが、厨房の酒甕や、まして粗末な瓢など、噂話に聞いたくらいならともかく、見る機会など……。

そう訝しむ衛士に、姫宮さまがこんなことを言い出しました。

「もしかしたら、前世で見た記憶やも知れませぬ……そうじゃ、百聞は一見に如かずと言うし、一度妾を汝が故郷へ連れてたもれ」

二人で御所を脱出、いざ武蔵国へ!

とんでもないことを言い出され、衛士は困ってしまいました。

いくら姫宮さまの願いとは言え、勝手に連れ出しなどしようものなら、打ち首どころの騒ぎではありません。

「いやいやいやいや姫宮さま、まことに滅相もねぇことで。吾(おれ)の故郷など、東夷(あづまゑびす※1)の棲む野蛮な土地でごぜぇやす。姫宮さまをお連れするなど、とてもとても……」

(※1)都から見て東の国に住む野蛮人(ゑびす)。ちなみに南なら南蛮(なんばん)、西なら西戎(せいじゅう)、北なら北狄(ほくてき)となり、どれも同じ意味です。

そう言って何度も固辞する衛士でしたが、是が非でも武蔵国に行って、酒甕に浮かぶ瓢の眺めを一目見たいと聞かない姫宮さまに、とうとう根負けしてしまいました。

「……解りやした。そこまでご所望でしたら、どうにか姫宮さまを武蔵国へお連れ致しやしょう」

お付きの者がいたら大慌てで止めたでしょうが、そうした記述のないことから、恐らく姫宮さまは衛士と二人きりだったのでしょう。不用心ですね。

夜陰に乗じて京の都を脱出。

ともあれその夜、衛士は姫宮さまを背負って御所の塀をよじ登って脱出。一目散に武蔵国を目指して駆け出したのですが、果たして二人の行く末はいかが相成るのでしょうか。

【続く】

※参考文献:

辻真先・矢代まさこ『コミグラフィック日本の古典15 更科日記』暁教育図書、昭和五十八1983年9月1日 初版
藤岡忠美ら校注 訳『新編日本古典文学全集 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記 讃岐典侍日記』小学館、平成六1994年9月20日 第一刷

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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