テリー伊藤対談「西郷輝彦」(1)騒がしいツアーの日々も幸せでした (2/2ページ)

アサ芸プラス

西郷 そのあと事務所が変わったら、ちょうどできたばかりのクラウンレコードからデビューすることができたんですよ。

テリー デビュー曲の「君だけを」は、僕らの世代で歌えない人はいないくらいの大ヒットでしたよ。そこから生活もガラリと変わったでしょう。

西郷 ええ、デビュー前に日比谷公園で取材を受けたことがあったんですが、次また同じようにやろうと思ったら、人が集まりすぎて、できませんでしたからね。あと全国ツアーに行くのでも、バンド全員が一緒のバスに乗っての移動で、自由なんか全然ありませんから。特に旅館の周りは人だかりがすごくて、一度入ったらまず出られないんですよ。だから若い時に行ったところで覚えているのは会場の周りだけ(苦笑)。

テリー スターならではの悩みですねェ。

西郷 いえ、その頃は「毎日こんなに幸せでいいのか」という感じでしたね。鹿児島から家出してまで入りたかった音楽の世界で活躍できたわけですから。

テリー さらにそこから橋幸夫さん、舟木一夫さんと一緒に「御三家」と呼ばれるようになりますよね。今で言うアイドルユニットの先駆けみたいな感じだと思いますけれど。

西郷 あんなにうれしいことはなかったです。だってついこの前まで実家のテレビで「潮来笠」を歌っているのを見てた橋さん、ずっと練習で歌っていた「高校三年生」の舟木さんのおふたりと自分が一緒に並べるなんて、想像もしていませんでしたからね。

テリー 橋さん、舟木さんは先にデビューしていて、特に橋さんは4年も先輩ですよね。そういう部分での距離感みたいなものはなかったんですか。

西郷 心の中ではどう思っていたんでしょうね。でも僕の前では「若いのに生意気だ」みたいな態度は一切見せなかったですよ。そもそも、タイプも全然違いますしね。

テリー 言われてみればそうですね、並ぶと和服に学生服、モダンな若者っていう感じだったから。

西郷 ええ、それがよかったんじゃないでしょうか。

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