天才テリー伊藤対談「都倉俊一」(1)大学時代は朝から晩までスタジオに (2/2ページ)
偉い先生ならそういう仕事に1曲2〜3万円かかるところを、僕なら3000円ぐらいで済んじゃうから、そういう仕事がたくさん来ちゃってね。
テリー すごいですね。学生の立場で、いきなりそんな大事な仕事を任されたんですか。しかし、1日に十数曲となると‥‥。
都倉 朝から晩までスタジオに入りっぱなし。大学も半分ぐらいしか行けなかったですからね。その頃、あるプロデューサーから「一つ歌詞があるんだけど、曲ないか? 中山千夏という子なんだけど」と。
テリー 中山さん、子役時代から有名でしたよね。そのデビュー曲を任されるなんてビックリしたんじゃないですか。
都倉 そうなんだよね、でも僕は全然知らなくて。「フォークっぽい曲にしてほしい」って言われて作ったのが、あの曲なんです。よく覚えているのが、レコーディングの前日に、アポロ11号が月に着陸したんですよ。
テリー あ! あのタイミングだったんですか。
都倉 月に着陸したのが、確か朝の3〜4時ぐらいでね。みんな生放送を見ていたらしく、朝スタジオに行ったら全員眠そうで(笑)。千夏と一緒に「すごかったね」って言いながら、レコーディングしましたよ。
テリー 21歳の学生がいきなりドーンと大ヒット曲を作っちゃうと、周りの見方も変わってくるんじゃないですか。
都倉 いやァ、全然。だって、その時は毎日をスタジオで暮らしているような、単なる学生作曲家ですから。その3年後ぐらいに「スター誕生!」の審査員を務め始めて、よくテレビに出るようになったあたりから、なんとなく周りの反応が変わってきたように思いましたけれどね。