天才テリー伊藤対談「都倉俊一」(2)ピンク・レディーは期待薄でしたか (2/2ページ)
都倉 審査員の中でも、予選の頃から「あの子たち、何かあるんじゃないの」と言ってたのは僕1人だったから。それもあって、「お前、責任取れよ」という感じで、彼女たちの曲は最初から僕が書くことになったんです(笑)。
テリー ハハハハ! でも、デビュー曲の「ペッパー警部」からグングン人気が出て、これまた大変なブームとなりましたから。都倉さんの曲はもちろんですが、阿久さんの詞や土居甫(はじめ)さんの振り付けもインパクト抜群でした。「次はどんな曲を歌うんだ」というファンの期待値も高かったでしょうから、さぞ仕事のプレッシャーも大きかったんじゃないですか。
都倉 うん、最後の頃はもう一刻も早くやめたかったね(苦笑)。「UFO」が280万枚ぐらい売れて、ちょうど2年目ぐらいがピークだったのかな、「透明人間」~「ジパング」のあたりから売り上げ枚数は下降していくので。
テリー 「透明人間」は予約だけで60万枚を超えたんですってね。今だったら、それでも十分すぎます。
都倉 我々としては、まだまだおもしろい企画を抱えていましたが、当時の雰囲気だと、もう先が見えている感じがありました。だから阿久さんと「いい時にピンク・レディーの“葬式”を出したいね」なんて、よく言っていたんですよ。