日本最古の三角関係♡禁断の恋に揺れた飛鳥時代の万葉美女「額田王」その1

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日本最古の三角関係♡禁断の恋に揺れた飛鳥時代の万葉美女「額田王」その1

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る・・・。

この素敵な歌は「万葉集」に収められている額田王(ぬかたのおおきみ)が作った歌です。

作者の額田王は、飛鳥時代の皇族で、万葉歌人としても知られる高貴な女性です。彼女のこの歌が有名なのは、この歌が日本史史上に残るおそらく最初の三角関係の恋物語を詠みこんだものだとされているからです。

今回は2人の天皇に愛された美しい歌人、額田王の人生と恋をご紹介します。

額田王とは

額田王に関しては、彼女が生きた時代が飛鳥時代という事もあり、「日本書紀」以外の資料がほとんど残っていないため、生没年すらもはっきりとは分かっていません。

名前の表記も、「万葉集」では額田王(ぬかたのおおきみ)ですが、「日本書紀」では「額田女王」、「額田姫王」、「薬師寺縁起」では「額田部姫王」などさまざまなようです。

謎多き父、「鏡王」

「日本書紀」によると、「鏡王の娘で大海人皇子(おおあまのおうじ)に嫁し十市皇女(とおちのひめみこ)を生む」と紹介されています。しかし父とされる「鏡王」という人物も、「日本書紀」以外の史料にその名前や存在を示すものがないため、謎の人物とされているのです。

一説には宣化天皇の曾孫であるとか、近江国野洲郡鏡里の豪族であるなどと言われていますが、今のところ確実な資料は見つかっていないようです。したがって鏡王については、「王」という称号から皇族から2~5世離れた王族であると推測されるにとどまっています。

19歳で大海人皇子に嫁す

そんな謎多き鏡王の娘である額田王は、16歳ごろで宮廷に出仕し、皇極天皇に歌の才能を買われ、専属の歌人となります。この皇極天皇こそ、のちに夫となる大海人皇子の母でした。

皇極天皇はよほど額田王を気に入ったとみえ、「日本書紀」にある通り、二番目の息子である大海人皇子(のちの天武天皇)が16歳で元服するとすぐに、額田王を妃にしたのです。この時額田王は19歳。大海人皇子より3歳年上でした。

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