セフレ女子の断捨離#夢みるOLの「終わらない恋」のはじめかた
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いつもの流れで食事をし、いつもの流れでバーへ行き、いつもの流れでホテルに行く。
3回目の彼とのデートも、ありきたりなルーティーンとなってしまった。同期が主催した合コンで出会ってから1か月足らずで、見事なセフレ化だ。
もうしばらく特定の恋人は作っていないような気がする。忘れた頃にふと連絡が来ては、会って寝る関係の男が常に複数人いて、LINEのトーク一覧を埋める。そんな状況に対してこれといって悩むこともなければ、逆に喜ぶこともなかった。美人で昔からモテてきた美波にとって、これがあまりにも自然な状態なのだ。
いま目の前にいる彼も、美波にとってはそんな複数いる男のうちの1人にすぎない。もしかしたら彼には恋人がいるかもしれないし、美波の他にも同じポジションの女がいるかもしれない。面倒事に巻き込まれさえしなければそれでいい。
「朝まで泊まれないの?明日休みだよね?」ホテルでは彼が当たり前の質問を投げかける。「うーん、ごめん!明日は午前中に親が家に来るんだよね。」美波はいつも適当なウソを並べる。本当は自分の生活ペースを乱されたくないからだ。深入りはしたくないし、されたくない。
いつも通りタクシーに乗り、静かに自宅へ帰る。
週明け月曜日、同期とランチをしていると突然こう尋ねられた。「美波ちゃんさ、こないだの合コンの時の雄介さんって覚えてる?銀行員で背が高い・・・」その雄介さんというのはまさに金曜日、美波がセフレとして会っていたあの男だ。
「うん、覚えてるよ。一番かっこよかった人だよね?」しらじらしく答える。これまでの経験でつちかった防衛本能で、ここは自分との関係を一旦黙っていた方がよさそうだと一瞬で判断した。美波は、よほど親しい間柄でなければ自分の恋愛事情をあけすけに語らない。それだけこれまで人に語れない恋が多かった証拠だ。
「だよね!やっぱり一番かっこよかったよね!私さ、合コン以来ちょこちょこ連絡とってて、正直ちょっといいなーと思ってるんだよね。」「えー!いいじゃんいいじゃん!」美波は条件反射でそう答える。
まさかの展開。これは相当気まずい展開になってしまった。やはり雄介さんと自分との関係は黙っていて正解だった。しれっとセフレ関係も解消しなければならなそうだし、美波は笑顔の裏で、今後どのようにフェードアウトしていくべきかの筋道を頭の中で立てる。
「でもさ、ちょっとひとつ厄介なことがあって・・・」上目づかいの同期の目線にドキリとする。まさか、もう自分がセフレということがバレているのか・・・?
「実は・・・もう3回くらいヤっちゃってるんだよね。完全にセフレだよね。そこから彼女ってなれるもんなのかなあ・・・」深いため息と共にこぼれる乙女チックな悩みを語る同期は楽しそうだ。というか、雄介さんもやることやってんじゃん、と感心してしまう。
しかし今はそんなことより、目の前の同期の悩みについて同調してあげなければならない。「まじかー。でもセフレでもじょじょに距離を詰めてって彼女に昇格、ってパターンも十分見込めるんじゃないの?」当たり障りない返答をする。この手の女子の悩みは答えが欲しいのではなく、ただ聞いて欲しいだけだったりする。「そうかな?そうだよね!セフレって言ってもね、こないだもホテル行く前にちゃんと映画館でデートして、ご飯も私の好きな美味しいところ連れてってくれてさ・・・」同期のノロケは止まらない。その熱量に圧倒されてしまった。
恋愛やセックスに対しては冷静に一歩引いていることが正しいと思っていたけれど、恋愛においての正しさは、「ひたすら楽しむこと」なのかもしれない・・・。同期を見ているとそんな考えが脳内にちらつく。
自分はいつから同期のような気持ちを忘れてしまったのだろうか。人に言えないような「恋愛もどき」ばかりして、最後に本当の恋愛をしたのはいつないのだろうか。目の前の同期が悩む「彼氏の作り方」以前に、自分はそもそも人を好きになる方法すら忘れてしまったのではないか。
目を輝かせながら話す同期を見て、どんどん心がしぼんでいく感覚が美波にはあった。恋愛ってどうしたらできるんだっけ・・・?
OLの昼休みの1時間はあっという間だ。思わぬ形で心がヘコんだまま午後の仕事の時間に差しかかる。なんとなく今夜は男以外と過ごしたい気分だったので、珍しくエリに声をかけてみた。
エリとは学生時代からの友人で、職場も近い。いつもは数人で集まることが多いが、今日はみんなの恋バナを聞いている心の余裕もなく、2人だけで会いたかった。
「美波から誘うなんて珍しいじゃん!なんかあったー?」待ち合わせ場所に明るくエリが登場した。最近マッチングアプリで男と会いまくっているらしい。きっと特定の恋人はいないはずだ。「いや特になにもないけどさ。最近どう? アプリでいい男に出会えてる?」
「それがさー・・・最近アプリ辞めちゃって・・・」「え、そうなの!なんで?」ちょっと想像してなかった展開だ。
「いや、なんかハズレばっかりで。で、最近は仕事関係の人といい感じで、何回かデートしてるんだけどさ。あ、しかもまだヤッてないよ」エリも恋愛真っ最中だった。本来こういうときは心から祝福して、しっかりと聞くのが友達としての正しさだが、恋愛がうまくいっている友達を前にさみしさを感じてしまう自分が憎かった。一瞬曇った顔をしてしまう。「すごいね!おめでとう!うらやましいな!」なんとか明るく取り繕う。
「ありがとう!てかなんか今日の美波ちょっと暗くない?なんか悩んでんの?」さすが、古い友人にはなんでもお見通しだ。「え、いやあまあ・・・なんというか、その好きな人ってどうやって見つけたの?どこで知り合ったとかそういうことじゃなくて、なんか最近どうやって人を好きになるのかがわからなくなっちゃってさ・・・」
美波はエリの明るさに甘えて、今日の昼のことから最近の近況までを赤裸々に打ち明ける。「モテる女もそれなりに悩みがあるんだね・・・」エリはそう茶化しながらも真剣に話を聞いてくれた。「そういうことじゃなくて!なんかもうセックスってなに?恋愛ってなに?好きってなに?ってわかんなくなっちゃったよー」美波は大きなため息をつく。昼間の同期のような幸せを含んだため息ではなく、憂鬱濃度100%のため息だ。
エリも真剣な表情で話を聞きながら一緒に考えてくれている。
しばらく2人で唸ったのち、エリが口を開く。
「多分さ、美波はモテて簡単に男が手に入るから、男がいるありがたさとか尊さとかが薄れてきてるんじゃない?くらべるデータが多すぎて自分の本当の気持ちがかすんじゃうというか・・・。フラットな気持ちで男を見るためにもさ、1回全員と関係をリセットしてみたら?男の断捨離だよ!」
美波には『男の断捨離』という言葉がとても胸に響いた。たしかに男からアプローチされるがまま関係を結び、結局自分の感情が置いてけぼりになってしまうのがいつものパターンだ。ここでいったんリセットするのも・・・もしかしたらアリかもしれない。
「男の断捨離ね・・・。試してみようかな。エリありがとう。さすがアプリで男と会いまくってるだけあるわ(笑)」「だからもう会ってないってば!でもいつもと逆だね。美波が悩んでて、私がアドバイスするなんて」エリと美波は同時に笑う。心の重荷も、友人が笑いに変えてくれる。
次の日から美波はさっそく男の断捨離に取り掛かってみた。男からのお誘いはすべて断って、関係性も緩やかにフェードアウト。空いた時間で、通えてなかったヨガ教室に通ってみたり、自炊してみたりした。自分で自分のために作るご飯も悪いものではなかった。よく覚えていない男や、セフレ関係にあった男のLINEはブロックしてしまった。スマホの通知が少ない生活って、なんて穏やかで静かなんだろう。
そんな生活が3ヵ月過ぎ、美波の心の中からも体の中からも男という要素がじょじょに抜けていった。男がいなくても全然問題なく過ごせている。もともと恋愛なんて私には必要なかったのかもしれない。美波はそんなことまで考えるようになった。
セフレたちとはSNS上でのつながりも排除した。となると、TL上に流れてくるのは地元で暮らす女友達の結婚・出産の報告か、男友達の退職エントリばかり。無の気持ちでFacebookを眺めていたら、1件の投稿に目が留まった。
『【ご報告】この度、新卒からお世話になった会社を退職して、新しい仕事にチャレンジすることにしました!東京進出です!近くの人よろしくお願いします!』
高校の時の男友達だ。付き合ったこともデートしたことも、もちろんヤったこともないが、実は当時からかっこいいいと密かに思っていた。当時お互い他の恋人がいたし、本気で好きになるわけでもなく、普通に同級生の1人として関係性は終わっていた。
東京に来るのか・・・。久しぶりに会いたいな。
自然にそう思ったとたん、「会いたい」という感情がわきでたことにびっくりした。この感情はいつぶりだろうか。なにもこの気持ちを無理矢理否定することはない。自分の素直な感情に気付くべくして始めた男の断捨離。これはいい効果がでているのかもしれない。
『久しぶりー!元気?転職おめでとう!私東京にいるから、都合が合えば今度飲み行こうよ!』
久しぶりに自分から男に連絡をした。合コンで出会ったイケメンでもない、年上の金持ち既婚者でもない、怪しい雰囲気の一切ない同級生に対して、まっすぐなメッセージを送った。
すぐに返信がくる。
『おー!めっちゃ久しぶりー!今度飲もうねー!』
これだけ?いつも美波が少しでも種を捲こうものなら、相手からは強欲な態度が返ってきたものだ。いたってフラットな、ほぼ「その気」の無いメッセージが美波に火をつけ、会いたいという気持ちを増幅させた。
どんな返信を送るべきか書いては消し、書いては消しをしている美波の表情は、完全に恋愛中の女の顔をしていた。
(エミチャンカパーナ/ライター)