堤真一、真田広之、真剣佑、郷敦の秘話! 千葉真一JAC50周年に密着!! (5/7ページ)
それを変えたかったんですよね」(西田さん)
「人数も多くて、レッスンもスパルタだったからねぇ……。我々の時代は1万6000人の応募があったんですよ」(若山さん)
――1万人以上ですか……。
「書類審査で、東京で300人、京都で300人に絞ります。そこからさらにオーディションで、東京と京都でそれぞれ50人を選抜して、ようやく研究生になれたんです。レッスンプログラムもアクション以外にいろいろあって、タップダンス、クラシックバレエ、パントマイム、殺陣、野外訓練とかもありましたね。僕は堤真一と同期だったんですが、1人、やたら男前のやつがいるなあ、と思っていたらそれが堤で。でも、彼も最初は全然動けなかったですね。みんなと一緒で、ヒィヒィ言いながらなんとか練習についていっている感じでしたよ(笑)」(西田さん)
顧問の若山富三郎氏も列席したJACの結成式
「水曜日は休みなんだけど、それ以外はみっちり。合宿もあって、乗馬やスキー、ハングライダーもやらされました(笑)」(西田さん&若山さん)
――1人でハングライダーは怖いですね……(笑)。やはり、千葉さんのようなアクションスターになりたくて、JACに入る人が多かったんでしょうか?
「そうですね。真田広之さんもそうですけど、千葉さんに憧れてJACに入る人は多かった。