人の集まる場所に花街あり!江戸時代、女郎屋が集まる岡場所はどんな所に作られていたの? (1/3ページ)
江戸時代、幕府公認の遊郭と言えば、江戸・吉原。この他にも京都・島原、大阪・新町があり、この3つを三大遊郭と呼んだりもします。
無論、男の性欲をこの三つの幕府公認遊郭だけでまかなうことなどできなかったわけで、全国には女郎屋や芸妓屋が集まった非公認の遊郭・花街が無数に存在していました。こういった場所を岡場所(おかばしょ)と呼びます。
『深川の雪』喜多川歌麿
では、岡場所はいったいどんな場所に作られていたのでしょうか?
旅の拠点となる「宿場」には飯盛女江戸時代には町と町を結ぶ街道が徐々に整備されていきましたが、街道には街道を利用する者たちの拠点となる、宿場が置かれることになります。
宿場は、宿泊施設である旅籠屋の他にも、茶店、居酒屋、さまざまな飲食店が立ち並ぶことで繁華街となります。そうした人が集まるところには女郎屋が続々と登場し、やがて岡場所となります。
歌川広重「東海道五十三次」より藤沢宿
宿場で客に春を売る女郎たちの多くは、「飯盛旅籠」と呼ばれる旅籠屋で働くことが多かったのですが、飯盛旅籠とは、表面上はお店の配膳などの仕事をする女性として雇い、幕府には内緒で女郎たちを働かせていた旅籠のこと。
こういった飯盛旅籠で働く女郎を「飯盛女」と呼びました。