この世でもっとも恐ろしい!歳月を経た古女房が「山の神」とされる理由とは?
この世でもっとも恐ろしい祟りと言えば「山の神」……そんなジョーク?も通じなくなってきた令和の昨今。
「山の神と言えば、箱根駅伝の5区で活躍した選手でしょ?」
山の神の祟り(イメージ)
確かにそれもそうなのですが、ここで言う「山の神」とは女房、特に結婚してから歳月を経た古女房(の怖ろしさ)を指します。
人でも動物でも器物でも、永い歳月を経て神様になってしまうのは、八百万の神様がおわす日本ではよくある事ですが、どうして女房は「山の神」なのでしょうか。
今回はそんな「山の神」について紹介したいと思います。
なぜ女房が「山」の神様なのか女房を「かみ(上・神)さん」などと呼んで尊重と親愛を示すのは広く知られるところですが、それがどうして「山」の神なのでしょうか。
その由来については諸説ありますが、ここではその中からいくつか紹介していきます。
一、 変わりやすい山の天気から
暗雲たちこめる夫婦仲(イメージ)
ついさっきまで晴れていたのに、気づいたら暗雲が立ち込めていた……山を歩いていると、そんな場面に多々遭遇しますが、変わりやすい山の天気(神様のご気分)を、乱高下しやすい女性の気分になぞらえたと言われています。
一、 神の依り代である蛇が男性器の形をしているから蛇はその生命力と脱皮する生態から、死と再生を象徴する神格を与えられてきました。そして頭部が男性器を連想させる形状であることから、それを依り代として好む神様は女性に違いない……そう考えられたのかも知れません。
現代でも各地に男性器を模した御神体を祀る習俗が伝わっており、信仰深い人々が豊穣や繁栄を祈り続けています。
一、 山が女人禁制だったからかつて山は女人禁制とされ、女性が山に入ると祟りがあるなどと言われますが、これは山の神様が女性で、こと美しい同性に対して嫉妬するためと考えられました。
逆に山の神様は醜いものが好きなようで、猟師や樵(きこり)たちが山に入る際は醜い顔の虎魚(オコゼ)をお供えしたり、お守りにその干物を携帯したりしたそうです。
まとめ山の神様は豊かな実りと共に、恐ろしい祟りもなす気まぐれで極端な両面を併せ持ち、それが女房の有難みと恐ろしさに喩えられたようです。
また、山の事故で亡くなることを「山の神に愛された」とか「魅入られた」などと言いますが、彼女の愛情があまりに激し過ぎたのかも知れません。
夫婦そろって、共白髪。
「さわらぬ神に祟りなし」とはよく言ったものですが、山の神様はさわらなきゃさわらないで祟られますから、どうか熱心に信仰を奉げ、末永く幸(さきわ)いますように。
参考文献:
吉野裕子『山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰』講談社学術文庫 太田昭彦『山の神さま・仏さま 面白くてためになる山の神仏の話』ヤマケイ新書 鈴木正崇『山岳信仰 – 日本文化の根底を探る』中公新書日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan