芸術家・杉作J太郎:杉作J太狼XE「美しさ勉強講座」連載111 (1/3ページ)
軟弱な男たちの姿に見かねて、あの先生が立ち上がった!
杉作J太狼XE先生の「男の偏差値がぐんとアップする美しさ勉強講座」
美術館に行って絵を見てきた。美術館に行くのは五年ぶりぐらいだ。芸術家としてお恥ずかしい。というか、芸術家のつもりだったのかよと自分自身からも突っ込みが入るかもしれないがこれがやはりどう考えても芸術家である。ほかのなんでもない。いろんな仕事をしてきたがそれらはすべて生きていくためだった。生活の糧を稼ぐためのことだった。ぼくには妻や子がいないのでもしいたらもっといろんな仕事をして生活の糧としたはずだ。お世話になりました、とやめた仕事もあるが、それをやめてなかったかもしれない。いや、もっと堅実で、月々の収入が保障された仕事を探していただろう。
妻や子がいないからおもいきった行動もできる。そしてそれは芸術家としては幸いである。
ぼくは現状、芸術に生活を捧げている。
たまたま、成り行きでこうなっているのかもしれないが、現状、芸術家である。
美術館で絵を見てそれがわかった。
百年も二百年も前のロシアの画家たちが描いた絵であった。
荒涼な大地。地平線。暗い海。白い波。知らない人。会ったことのない、絶対に会うことのない、むかしの人。青い空。白い雲。深い緑の森。水たまり。朝もや。夜の闇。
それらが大きなキャンバスに、いや、ぼくの目の前に、時空をこえてひろがる。そこにすべてがあり、すべてが息づく。ぼくが誰であろうと関係ない。とうの昔にこの世を去ったいちども会ったことも夢想したこともない誰かが描いた絵だが、ぼくがその絵を描いたのだとも言える。言葉にするとつまらないがぼくの目はその画家の目なのだ。
絵の中に夫婦とおぼしきふたりの人間がいた。
絵に添えられた文言によると画家とその妻である。
美術館を出たら公園の景色が、入る前と違って見えた。
夕空の色が景色を染め始めていた。