日本の豊かな海の恩恵は漂流のおかげ!?江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【完】

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日本の豊かな海の恩恵は漂流のおかげ!?江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【完】

これまでのあらすじ

長右衛門たちの漂流ルート(推定)

時は江戸前期の寛文十1670年、1月に遠州灘で遭難した紀州のみかん商人・長右衛門(ちょうゑもん)ら7名は、約1か月半にわたる漂流の末、無人島(現:小笠原諸島・母島)にたどり着きます。

精神的支柱であった船頭・勘左衛門(かんざゑもん)を失った6人は、その死を乗り越えてサバイバル生活を耐え抜き、壊れた船の廃材から、新たに船を造り上げます。

そして島々を渡って本土の伊豆国下田(現:静岡県下田市)まで帰り着いた長右衛門らは5月7日、事件の顛末を届け出るべく下田奉行所に出頭したのでした。

これまでの記事

3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【一】

3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【二】

3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【三】

長右衛門・その後

「……ふむふむ……その方らも大層苦労したようじゃの……」

下田奉行所で証言をまとめた今村伝四郎正長(いまむら でんしろうまさなが)は、長右衛門らの苦労を労いました。

取り調べを行う今村伝四郎正長(イメージ)

「まさか八丈島より南の海に、左様な島があったとはのぅ……かつて噂に聞いたことはあったが……そうか、実在しておったのか……」

伝承によれば戦国末期、信州の武将・小笠原貞頼(おがさわら さだより)が徳川家康公より領地を与える代わりに南海探検の許可をもらって島々を見つけたと言いますが、確かな記録や証拠は残されていなかったのです。

そのため、長右衛門らは「初めて小笠原諸島に上陸した日本人」として公式に記録されることになりました。

「そうと分かれば御公儀(幕府)には現地を御検分頂き、是非ともお役立て頂きたいものじゃ」

正長はさっそく長右衛門らより詳細に聞き取った島々の調書を江戸に送りましたが、幕府が調査に乗り出したのはそれから5年が経った延宝三1675年。現代以上にゆったりとした「お役所仕事」ぶりが感じられます。

それはそうと、江戸の街では今回の漂流記が話題となり、一躍時の人となった(であろう)長右衛門ら6名ですが、奉行所での取り調べ以降、これと言った記録が残されていません。

恐らく、今回の遭難で受けた損失が大きすぎて商売が傾いてしまったのでしょう。これだけ強烈なエピソードがありながら、屋号さえ記録に残されていないのは、そのためとも考えられます。

現代なら講演依頼や体験記の出版など、ビジネスチャンスを広げる機会もあったでしょうが、自己PRにはとんと疎かったのか、やがて長右衛門たちは世に知られることなく、静かに世を去ったのでした。

エピローグ

さて、幕府は延宝三1675年4月に島谷市左衛門(しまや いちざゑもん)を長とする調査団32名を派遣。調査船・富国寿丸に乗り組み、長右衛門らが流れ着いた島々を探索したところ、果たしてその証言通りに発見できました。

上陸した市左衛門らが現地を調査すると、かつて長右衛門らが暮らした住居の跡や勘左衛門の墓をはじめ、地形なども次々と符合します。

島谷市左衛門らの調査によって作成されたとされる「無人島図」本光寺蔵

その後、島々の地図や海図の作成、測量などを実施した後に祠を祀り(御祭神は不明)、これらの島々が日本国領土である旨を示した石碑を建立。日本国の地図に「無人島(ぶにんじま)」と書き加えられました。

後にこの島々を巡って小笠原貞頼の子孫を自称する浪人・小笠原貞任(おがさわら さだとう)が訴えを起こして世間の注目を集めたため、島々は「小笠原諸島」と呼ばれるようになりましたが、長右衛門たちがもっとPR出来ていたら、ひょっとすると「長右衛門諸島」「勘左衛門諸島」などと呼ばれていたかも知れませんね。

ともあれこうした調査事業は、幕末期に日・米・英の間で起こった小笠原諸島と領有権争いに際して幕府=日本が小笠原諸島を実効支配していた事実の有力な根拠となり、小笠原諸島は無事に日本国の領土として国際的に承認されたのでした。

現代、小笠原諸島の存在によって確保されている排他的経済水域は日本全体でも大きなウェイトを占めており、この豊かな海の恩恵は、長右衛門たちの漂流事件がきっかけでもたらされたものと言えるでしょう。

【完】

※参考文献:

田中弘之『幕末の小笠原―欧米の捕鯨船で栄えた緑の島』中公新書、1997年10月

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