謎に包まれた死。幕末の美男役者・八代目 市川團十郎はなぜ32歳で自殺したのか?最終話 (2/3ページ)

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幕末の美男役者・八代目 市川團十郎はなぜ32歳で自殺したのか?その3

江戸と大坂の興行がダブルブッキング!

名古屋での7月興行が済んだら江戸に帰って舞台をつとめる予定だったはずが、父とその妾が勝手な契約を結んだせいで8月の大坂の興行に出演しなくてはならなくなった8代目市川團十郎。

生来、約束を違える事など許せない性格の彼が最も嫌いな状況になってしまったのです。悩んだ末に江戸の座元に何とか許しを得、大坂興行を受ける事になりました。

名古屋の舞台が千穐楽を迎えた後の7月28日、父と共に大坂に移動。江戸の超人気スターの訪問を大坂の町は大歓迎します。道頓堀で父子2代の船乗り込みを行った際には数万人の観客が押し寄せて大賑わい、あちこちから屋号が飛ぶ歓待ムードに包まれたのだとか。

「助六由縁江戸櫻」の花川戸助六

8代目團十郎も、すったもんだはあったものの、数え切れないほど沢山の大坂のファンの声援に包まれて、きっと笑顔で手を振ってこたえたはずです。しかしその姿が、8代目團十郎がファンに対して見せた、最後の姿でした。

謎すぎる死

大手を振ってファンの声援に応えたそのわずか8日後、嘉永7年(1854)8月6日。8月の興行が幕を開けるというその初日に、宿泊先の2階で、8代目市川團十郎は自らの喉を掻き切って衝撃的な死を遂げたのです。

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