日韓の「歴史認識問題」はなぜ収束しない? 植民地支配が残した課題とは (2/3ページ)

新刊JP

つまり、「インフラを整え、経済成長を促す植民地支配」は、19世紀末から20世紀にかけては普遍的な植民地支配の形態だったのだ。

その一方で、労働者や「慰安婦」の動員など、日本の植民地支配が西洋列強よりも悪辣だったという声も根強い。確かに戦争末期においては、日本の支配にそのような側面があったことは事実であろう。しかしこの点についても、必ずしも日本が特別ではなかったと木村氏は考える。
植民地支配に対する抵抗運動や兵士や労働者の動員も日本に限ったことではなく、同化政策についても例えばフランスでは「創氏改名」に似た政策を早くから行っていたという。

■歴史認識問題の議論は1990年代以降に激化 一体なぜなのか?

韓国併合から終戦までには35年という時間があり、その前半ではインフラ整備や教育文化政策が進められており、日本の悪辣な植民地支配は戦争末期の短期間で行われたものだった。にもかかわらず、日韓の間で根深く残る「従軍慰安婦問題」や「徴用工問題」を通して、後者の論調ばかりが今なお語られている。
なぜ今も植民地支配のイメージが終戦直前のそれから変わることなく歴史認識問題が叫ばれ続けているのか。

実はこの悪辣な植民地支配が「戦争再末期に行われていた」ということが、歴史認識問題にも大きな影響を与えていると木村氏は述べる。

1965年の日韓基本条約で日韓は正式に国交を結んだが、韓国は日本から無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力支援を受ける見返りとして、「締約国及びその国民」の「請求権に関する問題」が「完全かつ最終的に解決」したことを両国が確認したことはよく知られていることだ。しかし、木村氏によれば、韓国政府は戦争再末期に軍人や労働者、「慰安婦」などとして動員された人たちに対して十分な補償をしなかったという。

ここで溜まった不満は1990年代以降に爆発する。なぜ90年代なのか。
1980年代末まで続いた米ソ冷戦構造の中で、韓国は日本の経済に依存する状況にあった。しかし、冷戦が終わり、韓国の経済成長が加速。グローバル化が進み、韓国の貿易に対する日本のシェアが落ちていった。その結果、韓国の日本に対する経済的な依存度が下がったのだ。

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