もぐりの私娼から江戸吉原のトップ「太夫」にまで上り詰めた伝説の遊女「勝山」 (1/3ページ)

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もぐりの私娼から江戸吉原のトップ「太夫」にまで上り詰めた伝説の遊女「勝山」

「もぐりの私娼」から吉原のトップ遊女に上りつめた遊女

「太夫」「花魁」などと呼ばれた吉原のトップ遊女たちは、幼い頃に貧しい家から売られて「禿(かむろ)」という見習いとなり、振袖新造を経てステップアップするというのが一般的でした。

最高位は10万円超!?江戸吉原の最高級の遊女「花魁」と言っても更に細かい階級がありました

その一方で、岡場所などの私娼窟で働いていて逮捕され、刑罰として吉原に身柄を引き渡されて3年の年季奉公を科せられる女性も存在しました。彼女たちは「奴女郎(やっこじょろう)」と呼ばれ、吉原の遊女の中で軽蔑される最下級の扱いを受けるのが通例でした。

ところがそんな奴女郎から吉原の太夫、更には江戸のファッションリーダーにまで登り詰めた伝説のトップ遊女がいました。

私娼の湯女から吉原のトップ「太夫」になった勝山の来歴とは?

その遊女の名前は「勝山」

彼女は武州八王子(現在の東京都八王子市)出身で、「丹前風呂」と呼ばれる風呂屋の湯女として働いていました。

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