「浮気を疑う気持ち」をあるものと置き換えれば、全て解決する (2/2ページ)
疑われる相手も、何一つ悪いことをしていないのに、いつのまにか自分には全然見合わないくらいの大きな疑いをかけられて、場合によっては、それ相応の束縛だって受けるかもしれません。疑う恋人、疑われる恋人の間には、こんなどうにも悲しいスパイラルがあるはずです。
■■「信頼」で置き換えるこの負のスパイラルに陥らないためには、最初の第一歩のところで、疑いじゃなくて信頼を使ってみることなんじゃないでしょうか。
疑えば、いろんな可能性に目がいってキリがありませんが、信じれば、道はひとつだけです。
これなら自分も、相手も、無用な苦しみを味わわずに済むと思うんです。
と言いながらも、「信じる」というのは言うのは簡単で、実行するのは難しいこと。それによって傷ついてしまうかもしれません。逆に、疑うのはすごく簡単なことです。だけど、信じることの難しさは百も承知の上で、それでも、「信じてみよう」と思うことこそが、付き合ってくれた相手に対する最低限な礼儀なような気もしますし、逆に、「難しいからできないよ」と簡単に諦めてしまえるような自分で、「難しいからできないよ」と簡単に諦めてしまえるような相手と、愛し合うというのは一体どういうことなんだろうとも思うわけです。(遣水あかり/ライター)
(ハウコレ編集部)