41歳・郵便配達員が東京大学へ! 仕事と学生の両立をやり抜いた東大OBの実話 (2/3ページ)
勤務している郵便局の配達班の副班長と相談し、時間割に合わせたアクロバティックな裏技――1時間単位での有給取得を申し出た。
副班長はその申し出に「いいよ。好きなように休みを入れていいって、言ったじゃないか」と快諾。1週間あたり11時間の時間休暇の取得で必修科目にすべて出席できるスケジュールを作ったのだ。
1時間ごとの有給取得は今でこそ少しずつ普及してきているが、1990年代後半には珍しかったはず。まさにその副班長の回答は今で言うなら花丸とも呼べるべきものだ。
実はこのほかにも、小川さんが職場の人たちに支えられながら東大生活を送るシーンが数多く出てくる。
本郷キャンパスに進学することが決まった頃、班長が病気で倒れ、長期入院することになった。その結果、小川さんの分だけでなく、班長の分の仕事も引き受けることになった同じ班の人たちは残業の毎日になってしまったのである。
それでも、みな「大丈夫」と言うばかり。副班長は相変わらず、小川さんの休みを真っ先に勤務指定表に書き込ませてくれていた。そんな状態で大学通いを続けていいのだろうかと悩む小川さんは、班長のお見舞いを兼ねて考えを聞いてみることにした。
小川さんが病室に入るや否や、班長が「小川君だ!」と一言。実は、ちょうど隣にいた奥さんに、小川さんのことを話していたのだ。
東大に合格し通っていること、仕事は休まず出ていること、班の皆が小川さんを卒業させようと応援していていること。班長は「小川君は七班(配達班)の誇りみたいなもんだ。みな応援している」と優しい言葉をかけてくれた。
東京大学に入り、学び直しながら、仕事もしっかりこなす小川さんの姿は、周囲の人達にとっての励みにもなっていた。
実は大学に通う前、郵便局の上層部の一部から入学を反対されたことがあった。しかし、自身の課の課長が反対する人を飛び越え、局長に直談判してくれていた。周囲の理解と配慮がなければ、社会人大学生として仕事と学問の両立は難しいし、そもそも入学もできなかっただろう。その意味で、小川さんは幸運に恵まれていたのだ。