絶世の美男子…戦国時代が生んだ悲運の若武者・木村重成を襲った数々の悲劇 (3/3ページ)
重成の死から200年経った文政11年(1828)になると、重成の墓所参拝がブームとなりました。悲劇的な人生を歩んだ重成に共感したかどうか定かではありませんが、人々は重成のことを「残念様」と呼んで親しみました。
最後に重成の人生を見ているとまさに佳人薄命と呼びたくなります。生まれた時代がもう少し早かったら、長生きしていたかもしれません。
豊臣家が滅びる戦で死を覚悟してまで豊臣に忠義を示した重成は若いながら忠臣だったと考えてしまいます。
参考:永岡慶之助『大坂の陣・人物列伝「後藤基次・木村重成」』 (歴史群像デジタルアーカイブス)
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